第二章

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歩き始めて数分、ようやく男は足を止めた。 「ここらで大きい宿っつったらコレだと思うんだが、合ってるか?」 顔を上げて、言われた建物を見上げる。 ふむ。予想より、かなり大きい。これなら空いている部屋もそこそこにありそうだ。 「はい、ここで間違いないです。何から何まで本当にありがとうございました。」 ぺこりと頭を下げてお礼を告げる。中まで入ってこられると非常にまずいが、不思議な事におそらくこの男は入ってこないと根拠もない確信をしていた。 「…ま、乗り掛かった船だったしな。気にすんな。だが、もう一人では外に」 「ルー?貴方こんな所で何をしているの。いつまでも来ないから探しに来て見れば、今度は子供のお守り?依頼はきっちりこなして貰わないと困るのだけれど。」 男の言葉を途中で割ったのは、聞いた事のない高めの女の声だった。やけに棘のあるその言い方に、ちらりと視線を移す。如何にもキツそうな顔立ち、且つ苛立っている様子が見て取れる。言葉から察するに、何か仕事の関係…だろうか。 どちらにせよ、あまり関わらない方が良いだろう事は確かだった。 「…おっと。もうそんな時間だったか。悪ぃ。じゃあな少年。親と仲良くやれよ?」 「はい。ご迷惑おかけしてすみませんでした。では、失礼します。」 もう一度頭を下げた俺は、二人に背を向け小走りで宿の中へと向かった。 「…なに、もしかして人助け?随分似合わないことしてたのね。」 「はっ、相変わらずひでぇ言われよう。なーんかほっとけなくてな。単なる気まぐれ、だよ。毎回ボランティアなんて俺だって御免だわ。」 聞こえる声に、ふーんと思考。 まるで普段は、無償で人助けなんていうことはしないという物言いに、なるほどねと呟いた。まあ、今回助けてくれたのには変わりないから良いかと、宿屋の扉を開けて中へと足を踏み入れる。 それにしても…ルー、ね。偶然にしては…いや、考え過ぎか。 「ようこそ、いらっしゃい。僕、一人かね?」 「…後でもう一人来ます。二人部屋をお願い出来ますか?」 「そうかい、そうかい。はいよ、じゃあこれ鍵な。部屋は三階の奥、角の部屋だよ。」 「ありがとうございます。」 宿主から鍵を受け取り、階段を登る。 内装はそこそこ綺麗で、装飾品もちらほらと飾られている事から、この宿屋はそこらの旅人や商人向けではなく、旅行者や観光客用に作られた宿なんだなと分析。値は張りそうだが、セキリュティはしっかりしていそうだ。 [ディル様、部屋でひと息ついてから、先に魔物の素材を買い取って貰いましょう。どうやらこの宿の地下に武具屋や道具屋が完備されているようです。] 少し離れた位置にある、宿内図を見ていたフィーネが口にした。彼女は道中の戦闘の度、使えそうな部位を剥ぎ、ゲートに放り込んでいたのだ。何でも毛皮等は、案外高く売れるのだとか。フィーネ曰く、先立つものはいくらあっても困らないとのこと。確かにその通りだし、ゲートがあれば荷物にもならない。本当に便利なものだなぁと改めて感謝の意を示した。 (うん、そうだね。ていうかフィーネ、ごめん。楽しみにしてたのに、祭りには行けそうにないかも…) […さっきの方達…ですね。私が姿を見せられれば、こんな事にはならなかったのですが…力及ばず、申し訳ありません。] そう。先の出来事で一人で街を歩くのは難しくなってしまったのだ。万一にまた単独でいる所を見られでもしたら、言い訳が効かなくなってしまう。広い街な上に人も多い為、鉢合わせない確率の方が高いのは確かだが、今ここで余計なリスクは背負いたくはない。 (いやいや、元はと言えば俺が悪いんだし、フィーネは謝らないでよ。本当にごめんね。) [ですが、ディル様も楽しみにしていたのでしょう?] (あー、まあそれはそうなんだけど…ほら。俺は来ようと思えば何時でも来れるからさ。だから、ね。気にしないで。) いつまでも折れそうのないフィーネに、半ば無理やり会話を終了させ、与えられた部屋の中へと足を踏み入れる。 意外と広々とした空間に、ほうと感心して真っ先にベッドへとダイブした。 「いやー、にしても大冒険だった…」 ふかふかの布団に、程よくマットレスのスプリングが効いていて、丁度いい硬さのそれについ頬が緩む。思っているよりずっと、身体は疲労を感じていたようだ。昨夜はあまり寝た気がしなかった為、今夜はよく眠っておきたい。このベッドなら安眠出来そうだなとほっと息をつく。 フィーネはというと、部屋に入るやいなや、ゲートを出し買い取って貰うものをまとめてくれているようだった。人の前で出せない点以外は、本当に優秀である。 「ありがとう、フィーネ。」 [いえいえ。この大きな袋に一つにまとめておきますね。ところでディル様、結構戦闘に慣れている様に見えましたが、日頃からあちらで何かしていたんですか?] 「ん?そんなにしてないよ。月一くらい、かな。父さんの休みの日に、銃やナイフの扱い方を教わってたってだけ。たまに魔物を相手にすることはあったけど、それこそ数えるくらいだったなぁ。」 [そうなんですね。てっきり、経験が多いのかとばかり…] 「いやいや。でも、そう見えたって事は父さんの教え方が上手かったって事なのかな。感謝しないとね。」 元々戦闘能力が高いのもあるかもしれない。父さんは昔の仕事柄もちろんだが、母さんも魔法だけではなく、武器でも戦っていた事があると言っていた。動けないよりは、動けた方が確実に良い。こりゃ、妹のルシィも大きくなったらそこそこに強くなりそうだなぁと苦笑いを浮かべた。 …もし、俺より強くなったらどーしよ… [ふふっ。では、ディル様は日々の鍛錬を怠らないようにしないといけませんね。] 「…だよね。家に帰ったら、とりあえず魔法の方から挑戦してみる事にするよ。」 ー
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