第二章

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そそくさと宿の自室へと戻り、部屋の鍵をかける。 ずしりと重みのあるお金の入った袋を見て、まじかぁと苦笑いを浮かべた。 「魔物の素材って凄いね…」 間違いなく子供が持っているのは、おかしいくらいの金額はある。こんなのを片手に外へと出れば、それこそ悪い大人達のいい餌になる事だろう。 一体、俺の小遣い何回分入ってんの…? [ふふっ。これだけあれば、一先ずお家に着くまでは安心ですね。] 「いや、むしろ使い切れないよ…こんなに持って帰ったらお前何したんだ!ってプラスで怒られそうな気もしなくもないんだけど…。正直に話せば大丈夫、かな?」 [んー、私はディル様のご両親までは存じませんので、何とも言えないですが…先程の助けて頂いた男性に似ているのであれば、大丈夫なんじゃないんですか?なんだか、とてもノリが軽そうな印象でしたけど…] 「…普段は、ね。けど、意外と過保護なんだよ…心配性っていうか…。戦い方を教えたの自分のくせに、なんでそんなに魔物と戦ったんだ!とか言ってきそう。うわ、絶対言われるわコレ。」 自分で口にしておきながら、その父の姿が容易に想像出来て、げんなりとする。母さんより、問題は父さんの方なのだ。下手をしたら、泣かれそうな気さえしてくる。 [ディル様は相当に愛されてらっしゃるんですね。] にこりと笑うフィーネに、否定をしても無駄なことを悟り、顔が引き攣る。なんだか、妙に恥ずかしくなって、つい小声で返した。 「…まあ、それなりには…?」 ああ、もう…父さんのせいだ…。 [ふふっ。あ、そういえば先程のナイフの件なんですが…] 俺の気持ちを組んでか、話題を変えてくれたフィーネに感謝しつつ、机に置いた木箱をそっと開ける。見間違いか、翠色の石が一瞬光った気がした。 「フィーネの瞳と同じだよね。澄んでて凄く綺麗なの。」 […ディル様、そういうのサラッと言えちゃうタイプだったんですね。] 「え、何、なんか変なこと言った?」 […いえ。褒めて頂き光栄ですよ。それで、そのナイフなんですけど、とても珍しい代物なんです。あの店主はそこまで気付いていなかったようですが。] 「え、そうなの?あの金額で良かったのかな。しかも、まけてくれたみたいだったし…」 [武具屋なのに、知らないのが悪いんですから良いんですよ。ここは素直にツイていたと喜ぶべき所です。] 意外と厳しいフィーネの言葉に、まあそれも一理あるかと苦笑いを浮かべた。良くしてくれた分、少しの罪悪感はあるけれど、商売人がモノの価値を判断出来ず損をするのは、自己責任でもあると思うのだ。 …ごめんね、おじさん。けど、ありがと。 それにしても、珍しいとは一体何の事なのだろう?もしかして、この石が実は高い宝石だったり…とか?いや、それだと別に斬れ味には関係ないし、な。 [ディル様、言葉で説明するより実際にやってみた方が早いかも知れません。そのナイフを手に取って魔力を流してみて下さい。] ナイフに魔力を? フィーネの言葉に首を傾げる。魔力を用いて武器を型どり戦う方法があるというのは聞いたことがあるが、既存の武器に魔力を流すというのは耳にした事が無かった。 というか、確か金属は魔力を通しにくいんじゃなかったっけ…? ナイフを手に取り、半信半疑で言われた通りに魔力を流し込む。最初は流すという事を意識をして魔力を移動させていたのだが、一定量を越えた辺りから勝手に身体から吸い取られていく感覚に変わり、思わず大丈夫なのかとフィーネを見上げた。 [大丈夫です。そのまま続けて下さい。] 魔力を使っているのは俺でも、元はと言えばこの力はフィーネのものなのだ。あまり魔法を使った経験がない為、上限値というのが全くもって分からない。こんなに魔力を消費したのは初めてなのである。彼女の顔に疲労の色は見えないが、一体どの程度までが大丈夫なのか… [もうそろそろ、ですね。] 何が、と口を開こうとした時だった。 カッと輝き出したナイフに、目を見張る。気が付けば、吸い取られるような感覚はなくなっていて、次第に光も弱まっていった。 「えっと…今の、なに…?」 言葉を発しつつ、手元のナイフを見る。先程と見た目に変化は無いが、グリップの石の部分が未だ小さな輝きを放っていた。 …もしかして、魔力を吸っていたのって… [ええ。その翡翠石です。] 「翡翠石…?」 [魔力を与える事によって効果を発揮する石の事ですよ。各属性ごとに色が決まっているんです。翡翠が表す属性は…] 「風、ってことか。」 [はい。この石を武器に付けることにより、その武器に属性を宿す事が出来るようになります。それが先程の魔力を込める作業だった、という訳です。なお、一度魔力を込めてしまえば、もう魔力を吸い取られる心配はありませんのでご安心下さいませ。] 「へぇ。武器に属性…ね。」 具体的な効果は、実際に振ってみないと分からないだろうが、とんでもなく凄いものだというのは分かった。きっと付与する属性によってそれぞれの効果も違うのだろう。 風なら…斬撃を飛ばせるとか?だったらめちゃくちゃ便利だと思うんだけど… [ふふっ。流石に連発は出来ませんが、飛ばす事自体は可能ですね。] 「…まじか。」 ていうか、そんな凄いものだったの?おじさん大赤字じゃない? [風属性付与により、斬れ味は通常のナイフより格段に上がっています。その上、魔力を纏っている為、刃こぼれしないんですよ。ディル様、本当に運が良かったですね。] 「…え。刃こぼれしないナイフとか、もはやそれナイフじゃないじゃん…。いや、嬉しいけど!もう二度とナイフ買わなくて済んじゃう訳ね…」 [そういう事です。一生を共に出来る武器なんて素敵じゃないですか。私も実物を目にしたのは初めてでしたので、貴重な体験が出来、嬉しい限りですよ。] 精霊で永い時を過ごしている筈のフィーネですら見た事が無いなんて…そんな大層なモノが、自分の手の中にあって本当に良いのだろうか? 恐れ多いな、このナイフ… [んー。ですが、もう魔力込めてしまいましたからね。どうにも出来ませんよ?ディル様しか使えませんので。] 「…え?」 [あれ、言ってませんでしたっけ。モノに魔力を込めるという事はすなわち、自分のものに変えると同義。つまり、そのナイフはもうディル様のモノなのです。他者が触れても何も効果は出ません。タダのナイフで終わってしまうのですよ。] …開いた口が塞がらない。え、嘘でしょ、まじ? 絶対、俺なんかが魔力を込めて良いモノではなかった気がする。というか、そういう大事なことはもっと早くに… [こんな街の、価値が分からない武具屋に置かれているよりは、正しく扱う事の出来るディル様に使われた方が良いに決まっているじゃありませんか。せっかくの翡翠石が可哀相です。どちらにせよ、魔力を戻すなんて事は出来ないんですから、もう腹を括って責任取ってあげて下さいね。] 前半は怒ったように、後半は少しの笑みを浮かべて告げた彼女を見て、ようやく気付いた。多分、フィーネはわざと言わずに、魔力を流すよう仕向けたんだなと。 完全にしてやられた訳である。先程の店主への厳しい言葉も、怒っていたからなのかもしれない。 …翡翠石に何か思い入れでもあるのかな。 「…はい。」 ー
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