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事の始まりは、世調和が起こって暫く経った頃だったと言う。
突然頻繁に精霊の姿が消え始めたそうだ。何の前触れもなく、一瞬で。まるで移動の魔法を使ったかのように。
初めは、少し経てば戻って来ると、誰も気にも止めていなかったという。だが、いつまで経っても戻らない同胞。消え続ける精霊達に皆、不安の声を漏らし始めた。
フィーネはある精霊に頼まれ、消えた精霊を探していたらしい。思い当たる節がある所は全て見て回った。それでも、誰一人として見付けた者はいなかった。
世調和により世界は繋がったが、精霊達は変わらず、アルカで時を過ごしていたという。
フィーネは考えた。これだけ探しても見つからないというのなら、消えた者たちは向こう側へ行ったのではないかと。
あてもなく、知らない土地を回った。それでも同胞は見つからなかった。一度、アルカに戻るべきかと判断。最悪の展開が頭をよぎった。もう、あの消えた者たちは…
その時だった。風に乗って微かに聴こえた仲間の声。
[……て]
[なに、今のは…。何処にいるのです?!誰か、答えて!]
[た、す…けて]
声を頼りに空を駆けた。無事で居て欲しいと切に願った。
そうして辿り着いたのは、サイレで最も栄えた街…中心都市だった。ようやく見つけた仲間の存在。途切れ途切れに聴こえる声は次第に大きくなっていった。
ある建物の前で足を止める。何やら研究所のような大きな施設だった。
人に精霊の姿は見えない筈なのに、どうしてこのような所に?疑問に思いつつ、足を踏み入れる。真っ白な空間が続き、ようやく辿り着いた扉に手を掛け、ゆっくりと開けた。次いで映った光景に目を疑う。
[[出して!ここから出して!!]]
耳に響く精霊達の声に息が詰まった。
大きなカプセルが沢山並ぶ部屋…目を凝らすとその中に居たのは、紛れも無い同胞の姿。
[…なん、ですか。これは…一体…]
[シルフィーネ!今は一旦引いて、これを伝えるべき方に伝えて!早くしないと]
名を呼ばれ、はっとする。だが、その同胞の言葉は最後まで紡がれること無く掻き消された。
「ふむ、こんな所に精霊が単身で来るとは驚いたな。」
[…え?]
聞こえた声に振り返る。不思議で仕方がなかった。ただの人に、精霊の姿が見える筈がないのだから。
[なぜッ…]
「603にて精霊を発見。捕らえよ。」
[シルフィーネ、ダメ!行って!]
人の声とほぼ同時、警告音が建物内に響き渡り、大勢の靴音が此方に向かって来ているのに気が付いた。
ぐっと唇を噛み締める。今すべきは…
[ッ…必ず、戻ります!]
同胞達を横目に告げる。居場所さえ分かれば、あとは皆で助けに来れば良い。今、自分が捕まれば、全てが水の泡になってしまう。ようやく、見つけたのだ。無駄には…できない。
今すぐ助け出したいという衝動と、仲間にこんな仕打ちをした目の前にいる人間に対する怒りを必死で抑えて、自身に言い聞かせるよう、思い切り床を蹴った。
「ほぅ、逃げられるとでも?外部に知られると困る。秘密裏に事を進めているのだからな。清く、諦めろ。」
窓は見当たらず、出口も一つしかない。外にさえ出られれば…
無表情のまま言葉を発する人間を睨みつけて、その横を風の如く通り過ぎる。…はずだった。
[ぐっ…]
気付けば、身体が床に叩き付けられていて、走る痛みに顔を歪める。何が起こったのか、全く理解出来なかった。視線を動かし、上を見る。こちらを見下ろす無表情の人間と目が合って、彼はやれやれと首を振った。
「何の策もなしに敵地に乗り込むのは、頭の悪い馬鹿がする事だ。」
どうしてか、身体が動かなかった。辛うじて動くのは、指先と視線くらいで、頼みの綱である魔法は、上手く魔力がまとまらず発動までに至らない。
意味が分からずに、奥歯を噛み締める。この人間は何をしたというのだろう。動いた気配は無かった。もちろん触れられた訳でもない。一体…
[ッ…何を、したのです…]
「答える義理はないな。お前たち、この者を201へ連れて行け。異常がなければ、カプセルへと格納するように。」
「「「承知しました。」」」
為す術なく、台の上に乗せられ、何処かへと移動を始める三人組の人間。もう無表情の人間がこちらを見ることは無かった。
直感が言う。あの人間は只の人では無いと。
あの場から離れても、変わらず身体は動かなかった。三人組は無駄話をしながら、目的の場所へと迷うこと無く進んでいる。
…何としてもあの方へ伝えなければならない。同胞達の為にも。このまま、捕まる訳にはいかない。徐々に意識が遠のいていく気がしたが、自分を奮い立たせて必死でそれに抗う。
身体も魔法も使えない今、頼れるのはもうたった一つだけだった。
失敗は絶対に許されない。じっと、時が来るのを待つ。そして、三人組の脚が大きな窓の横に差し掛かった時に告げた。
[風よ!!]
窓がガタガタと音を立て、まるで外から押し出されたように開く。同時に風がぶわっと吹き荒れた。三人組は驚きに、悲鳴を上げる。
出来た隙を見逃さず、その風を使い、自身の身体を風ごと外へと投げ出した。だが、自然の風の力では最後まで自身を支えきる事が出来ずに、ドンッと音を立て地へと落ちる。
幸いにも、あまり高いところにいた訳ではなかったようで怪我はないが、多少の痛みが身体に走った。しかし、今はそんな物に構っている暇はない。
自分が飛び出して来た場所を見上げる。あの三人組がこちらを見下ろし、何やら叫んで居るのが見えた。
追っ手が来るのも時間の問題だろう。
[…急がなくて、は。]
身体の感覚は変だが、あの場から出たせいか動けるようにはなっていた。魔法に関しては、変わらず魔力をまとめられずに使えそうにないが、先の状況から見れば動けるだけ幾分もマシだろう。下手に動けない分、一先ず隠れるべきだと判断し、身体を小さな妖精の姿へと変える。
何としても、伝えなければ…
ー
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