第一章

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第一章

ー 俺の両親は存外、仲が良い。 いや、仲が良いどころの話ではないかもしれない。なんというか、そう多分…若者たちの間ではよく使われるバカップルならぬ、バカ夫婦というやつだ。 ガチャガチャという鍵を開ける音が聴こえると、母さんはすぐさま玄関へと向かう。そして扉を開け、その母さんの姿を見た父さんはどんなに疲れていても嬉しそうに笑みを零し、毎日のように求愛のハグをするのだ。 「シルディ、ただいま」 「おかえりなさい。お仕事お疲れ様です、ルースト」 小さい頃からずっと見てきたこの光景が、世間では一般的なものでは無いと知ったのは割と最近の事だった。 見慣れた光景…と言えばそうなのだが、いくつになっても変わらないこの二人に、こっちが逆に恥ずかしくなってしまう。 いや、仲睦まじいのは良い事だと思うし、ついこうなってしまう気持ちも多少は分からなくもないのだけれど…。 笑みを浮かべ、リビングに戻ってきた二人を横目で見る。 まあ傍から見れば、美少女と顔だけはイケメンって感じだもんなぁ… まず母さんだが、普通に息子である自分の目線から見ても可愛い。小柄で、少しくせ毛の柔らかそうな銀色の髪を持ち、澄んだ蒼色の大きな瞳が印象的で、実年齢よりもかなり若く見えるその姿は、男なら思わず守ってあげたくなるような、そんな気持ちにさせる雰囲気だ。 …決して俺がマザコンという訳ではない、と思う。たぶん。 対して父はというと、顔は良い。無駄に。あまり言いたくないけど。長身で、程よく鍛えられた筋肉。髪と瞳は揃って明るめの茶色で、少し長めの髪を全て後ろへと流している。各々のバランスが良く、母が言うには笑うと下がる目じりがとんでもなく最高とのこと。 …見た目は良くても、中身がね…。 これで性格が良ければ、文句なしだったんだが。 「おいおい、ディル。どーしたー?そんな熱烈な視線を送ってくれちゃって。もしかして何?シルディみたいに俺にハグでもされたい感じ?」 ネクタイを緩め、ニヤリと笑いながら発せられた言葉は悪意しかなく、思わず苦笑いを浮かべる。絶対、楽しんでいると分かる顔を全く隠す事無く向けてくる父に「コレだから…」と心の中で呟いた。 「父さん、おかえり。別に熱い視線は送ってないし、ハグもいらないよ。」 淡白に返す俺に、「相変わらず、つれないねぇ」とわざとらしく肩を竦めた父はリビングを見渡し、「あれ、うちのお姫様は?」と続けた。 「ついさっき寝たところ。」 「あ、くれぐれも起こさないで下さいね。昼寝が短くてかなり眠かったみたいなんです。」 「ちぇ…んじゃ、今日はお預けかぁ。」 父が言う姫というのは、俺の妹の事だ。 今年で5歳になるルシィは元気いっぱいのお転婆娘で、容姿が母にそっくりな妹を父は溺愛している。 ちなみに俺はというと、ほとんどが父さん似で、母に似たところと言えば、くせ毛と瞳の色くらいだ。なんなら髪の色も銀の方が良かったなとは思うが、これは心の中に留めておくべきことだろう。 身長については…これから伸びる予定である。 「ご飯とお風呂どちらにしますか?」 父がソファに腰掛けるのを見た母が声をかけると、少し考える様な素振りを見せた後、父は答えた。 「んー、飯かな。あ。そうだ、シルディ。明日の仕事休みになったわ」 「え、代休ですか?」 「そうそう、この間の急に呼ばれたやつのな」 「ふーん。じゃあ明日はゆっくり出来るんだ?」 「ふふっ、嬉しいです。今、夜ご飯の準備をしますね」 満面の笑みを浮かべた母に、父は恥ずかしげも無く言う。「夜もゆっくり、な」と。全く、子供の前だというのに…。顔を真っ赤にしてあたふたする母さんも母さんだ。 歳のわりに盛んな父は、事ある毎に子ども前でもところ構わず母さんといちゃつきだすので、自分の父ながら本当にどうしようもないなと思う。そして、まんざらでもなさそうな母の照れた様子にもほとほと困ったものだ。 全く、見ているこっちが恥ずかしい…。 そろそろ俺の年齢と気持ちも考えて欲しいところである。 「…まあ、楽しんで。」 「さっすが俺の息子。分かってるねぇ」 「ッ…もうっ、ルースト!!」 先に夕飯を終えていた俺は、ヒラヒラと二人に手を振ってそそくさと自室へ向かう。ルシィも寝ているのだ。邪魔者はさっさと退散するべきだろう。 いくらいつもイチャついているとは言え、父の仕事は多忙だ。たまの休暇くらい、二人きりにしてあげた方が良いと考えてのこと。 なんでも、世調和が起こってから商人になった父は、アルカとサイレの交易を繋ぐ為に、むこうとこちらを毎日のように駆けずり回っているらしい。決して近いとは言えない距離を毎日…。 父曰く、「互いの文化や生活を知ることが仲良くなる為の一歩になるだろ?」とのこと。 …やっぱり、世界を戻した張本人だから、二つの仲が気になっているのだろうか。 その答えは聞きたくても聞けなくて、もどかしい気持ちがモヤモヤと頭に残っていた。
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