第二章

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結局、追っ手を撒ききれず。攻撃を受け、体力も尽きかけた頃に俺に出会ったのだとフィーネは言った。 […長くなりましたが。これが、ディル様を巻き込んでしまった事の始まりになります。] 正直、にわかには信じ難い話だった。いや、信じたくなかっただけなのかもしれない。 生まれた疑心は確信へと変わる。中心都市にある研究所など、一つしかないのだから。 フィーネも、父さんも。ローガス社に…。 「ッ…」 上手く、言葉がまとまらない。何か言わなくちゃと思うのに、どれも言葉にならなかった。 人は…自分本位で、身勝手で。狡い生き物だ。 […ディル様?] 「…ごめん、ごめんねフィーネ…」 こうしている今も、彼女の仲間たちは捕らえられたまま…。一体、彼らが何をしたというのだろう。魔法が使えるから?自分達とは違う生き物だから? ローガス社は、自分達の為に彼らを捕らえたとでも言うのか。そんなことが許されて良いのだろうか。 …どんな理由があれ、その答えは否であろうに。 信じていたもの、目標にしていたものが、一瞬で揺らぎ、崩れる。 何も知らなければ、きっと俺はあのまま進んでいたのだろう。そう思うと、とても怖くなった。無知は罪、だ。 ふと、ある事に気付き、顔を上げる。 …え、待って。俺に付き合ってる場合じゃ、なく、ない? 「ねぇ、フィーネ。その、伝えるべき方って人にはちゃんと伝えたの?!」 […はい、そこはご心配なく。ディル様のおかげでこちら側に来れましたので、精霊間の通信が使えたのです。目が覚めた際に既に全容をお伝えしました。ですが、事は大きく、身体も魔法も使えない相手となると、直ぐに動く事は出来ません。現在、別の精霊に向こう側の状況を確認させているそうです。手の内を知り、十分に対策を考え準備が出来次第…とお伺いしました。] 「…そっか、伝えられてるなら良かった。」 困ったように眉を下げるフィーネを見て、口を噤む。 通りで、言いにくそうにする訳だ。優しい彼女は、ずっと葛藤して居たのかもしれない。サイレで暮らす…人である俺に、本当の事を話すべきか、誤魔化して嘘をつくのか。だから、時間が必要だったのだろう。 ローガス社に何かあれば、サイレの民の生活は間違いなく一変する。全てが今までの通りにならないのは一目瞭然だ。 魔法が使えないサイレの人々にとって、生活の基盤は機械。その全てを管理しているローガス社が消えるということはつまり…。 人であるならば、自分達の生活が脅かされるのだ。何がなんでも止めるべき事なのだろう。どれだけの人が途方に暮れるのか予想がついていて、どれだけ機械が必要であるかも十分に理解しているのだから。 でも。どうしても、フィーネを。精霊達を。止めるなんて事は俺には出来ないと思った。理由を知ってしまった以上、やめてくれなんて、口が裂けても言えない。言える訳が、ない。 それにフィーネは最初に言っていたはずだ。誰になんと言われようと果たさねばならない事があると。 […申し訳ありません。ディル様] 「フィーネが謝る事じゃないでしょ。そりゃ仲間が酷い目にあってたら助けたいと思うのは当然の事なんだから…」 そもそもローガス社の目的はなんなのだろう。精霊を集めて一体何をしているというのだろうか。生きたまま捕らえているということはつまり、何らかに使用する為だとは思うが…。 というか、第一になぜローガス社の人間に精霊が見えたのかも謎だ。 アルカの民ですら、よほどじゃない限り彼らを目にする事は叶わないと聞いている。にも関わらず、魔力を持たないサイレの民が見えていた、なんて。 [それは私も考えておりました。通常、私とディル様のように魔力関係にあるか、又は何らかの影響により人の眼そのものに魔力が混じり、全ての精霊を視認出来るか…のどちらかでなければ有り得ないことなのです。しかし、あの場にいた者達は魔力を扱えるアルカの民ですらないのに、間違いなく皆が精霊を見ていました。] となると考えられるのは、何らかの方法でサイレの民でも精霊が見えるようにした…ということになるが、見えないものを見えないままに見えるようにするのは、いくら何でも無謀過ぎる事だろう。そんな根拠も途方もない話に、あのローガス社が動くとも考えにくい。 何か、精霊が存在するという確固たる証拠があったから踏み込んだと考えるべきか。例えばつまり…精霊を見ることが出来るアルカ側の人間がローガス社側にいた、とか…。 [!…あの、男…かもしれません。] 「フィーネを捕らえるよう命じた?」 […はい。」 何かを使って精霊と魔法を無力化した人間、か。 「…まあでもこれは、単なる俺の憶測だから…本当にアルカの民がローガス社にいるかどうかは分からないよ。けど、魔法が上手く使えなかったっていうのから考えるに、ローガス社が精霊と魔力についての研究をしているって事は間違いないんだろうね。」 視認出来るようにし、魔法の無力化に成功…。多くの精霊を集めているというのが今の現状か。だとするなら、次に彼らがやろうとしているのは何なのだろう。これ以上、何を必要とするのか。 …魔法に対抗する力…とか? [あ、あの。ディル様…大変申し上げにくいのですが…。 お気持ちは嬉しいです。しかし、私はこの件に関して、これ以上ディル様を巻き込むつもりは毛頭もありません。ディル様には、ディル様の世界での生活があります。これは、精霊とあの研究所の問題なのです。] 唐突に、線引きをし始めたフィーネに思わず皺を寄せる。しかも、やけに遠回しに。 ここまで知った以上、見ているだけなんて事をするつもりは全く無かった。人の不始末は人が正すべきだと思うし、何より制止が遅すぎる。今更過ぎやしないかとイスに掛ける彼女を見た。 「…伝えたら俺がどう行動するか、フィーネには分かってたんじゃないの?」 […はい。ですが、事はそう簡単な問題では無いのです。ディル様こそ分かりませんか?サイレで暮らす人であるディル様が、こちら側に加担するということは、ご自身の今後やご家族の事を潰すという事とほぼ同義だということに。相手は生活の軸を支えている場なのです。それはつまり…今回の件はサイレの国自体が関与している可能性が大きいということなんですよ。] ふむ、と思考。…どうやら俺が精霊側についたとして、それがサイレ側にバレた際のリスクについてを言っているのだと理解した。 相手が国レベルの大きなものだと言うのなら、俺なんかの存在はちっぽけに過ぎない。仮に精霊を助け出せたとしても、加担した人間として簡単に調べ上げられ、未来はなくなると言いたいのだろう。 「…まあ、確かにそれはまずいけど。要はバレなきゃ問題ないって事でしょ?」 [ディル様、ダメです。大人しくしていて下さい。] 「…えぇ、まだ何も言ってないじゃん。」 [兎も角、この件に関してこれ以上関与しないように。…最も巻き込んでしまった私が言うのは変なのですが。] そうは言っても。きっと、彼らが捕まる原因となったのは世調和にある。世界が戻らなければ、サイレの民が精霊を知る機会など無かった筈なのだから。 …決して、他人事ではない。 事情を話せば、父さん達は口を割ってくれるだろうか。 […ディル様を向こうへ送り次第、私は精霊の長の元へ戻ります。ディル様は何も知らないフリをして、今まで通り向こうでの生活をして下さい。いっその事、今回の事を忘れてくれても良いのですよ。…正直なところ、私を助けた事が原因でディル様に何かある方が堪えますから。] ー
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