第二章

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…普通にずるいと思う。あんな言い方は。 結局、フィーネの言葉に渋々頷く形であの会話は終了となった。 こちらとしては折れる気は全くなかったというのに、伏し目がちに目を潤ませ、思い詰めたように呟くなんて。あぁ、本当にずるい。 フィーネが俺を巻き込んだことに対して、責任を感じているというのは十分に分かっていた。その上、これからもなんて事が許せないであろう事も。だが、こちらにだって言い分はある。譲れないものもあった、のに…。 ああ、もう。と右手で自身の頭を掻く。頷いてしまった以上、訂正は出来ないし、約束を違えることもしたくない。 しかし、じゃあ本当に大人しくしているのかと問われると、断言出来ないのも事実だった。 …いやー。まじで、どうしたらいいの…。 […信じていますからね、ディル様。] すかさず飛んでくる声に、戦闘中はとてつもなく便利なことこの上ないが、こういう時ばかりは相当に厄介だなと苦笑いを零す。筒抜けも良いとこだろう。全部バレてる… 明日の早朝に備え、今日はもう休む事となった。柔らかなベッドへと身をあずけ、布団を被るようにして自身へと掛ける。 目を閉じて、頭に思い浮かべるのはやはり今日の出来事だった。 あっという間に時が過ぎたが、随分と色々な事があった一日でもあり、自分がこんな体験をする事になるなんてなぁ、と振り返る。なんというか、それはもうスリル満点だった。 焦ったり、驚いたり、笑ったり。いつも以上に感情の波が激しかったような気もする。 時間的には一日も経っていないが、家族以外の誰かとこうして長い間を過ごすのも初めての事だった。 基本的に俺は一人を好むタイプで、いくら友達といえど、一緒に寝泊まりなんていうのは考えられない訳なのだけれど。どうしてかフィーネとは気が合うようで、一緒に居ても、違和感がないと言うか、疲れないというか…。これもきっと魔力関係を築けた相性の云々とやらに関連しているんだろうなと思った。 彼女を助けられて本当に良かったと思う。しかし、本当の意味で助けたいと思うならば、これで終わりではないことは明確だった。なんせこうなった根本的な問題が残っているのだから。 ならば、俺は俺に出来る事をしようと決意する。…俺にしか出来ない事があるはずだから。 まずは、何としても聞き出そう。こうなってしまった原因の全てを。その内容によっては、俺は… ー […ル様、ディル様。起きて下さい。] すぐ側で声が聞こえ、閉じていた目を開ける。薄暗い部屋に、見慣れない光景が広がって、あぁそういえばと昨日の出来事を思い出した。 どうやら、また思考中に寝落ちしていたらしい。それでも今回は疲れているせいもあるからか、十分に寝た気はしているが。 「…ん、おはようフィーネ。」 ベッドから身体を起こし、ぐっと一伸びする。時刻はもうすぐ夜明けと言ったところだろう。ちらりと視線を移し、起こしてくれたフィーネを見上げた。 「…早くない?」 [ふふっ。ディル様は案外、お寝坊さんなんですね。] どうやら彼女は朝にめちゃくちゃ強いらしい。見たところ、既に支度を終えていて、準備は万全といった様子だった。余計な人物との鉢合わせの可能性を考え、直ぐに支度をして発つべきだとは話していたが、それにしてもちょっと早すぎない…? 「ていうか、それなら準備をする前に起こしてくれても良かったのに…」 [幸せそうに寝ていらっしゃったので、つい。] 笑うフィーネに、慌てて自分の口元を触った。濡れていないのを確認。どうやら涎は垂らしてはいなかったようだが…見られていたとなると、何だかとても恥ずかしくなる。 変な顔をしていませんように… 自分の寝顔ばかりは、どう頑張ろうとも見る事は出来ない為、もう祈るしかない。 [大丈夫です。可愛らしかったですよ?] 「…。ありがと、起こしてくれて。急いで支度するからもう少しだけ待っててね。」 ー 準備を終え、昨日食堂で購入しておいた持ち運び用のサンドイッチを開ける。魔物との戦闘を考えると、少しでもお腹に何かを入れておくべきだろうと判断。フィーネも朝食はまだだったようで、一緒に食事を始めた。 どうやら、昼頃にはトゥールス港に着く予定らしい。詳しい便の時刻までは分からないが、昼に着けるのであれば帰る便が無いなんて心配もないだろう。 「じゃ、行きますか。」 食事を終え、立ち上がる。頷いたフィーネを目に、部屋の扉を開けた。 早朝の為、宿内に人の姿は見られない。これは好都合だと、音を立てないよう階段を降り、宿主がいるカウンターへと向かった。鍵と料金を渡して、ぺこりと頭を下げる。 「お世話になりました。」 「こんな朝早くに出るのかい?…ていうか、君まだ子供じゃないか。危ないからまだ中に…」 「流石に外で待ち合わせている人が居るので大丈夫ですよ、それでは。」 心配そうにこちらを見る宿主に、笑みを浮かべて背を向ける。我ながら、よくもまあこんなにペラペラと嘘が出てくるもんだと呆れた。…今回ばかりは仕方ないと思うし、嘘が付ける性格で良かったとも思っているけれど。少しの罪悪感があるのも事実だった。 ごめんね、おじさん。あと、心配してくれてありがとう。 宿を後にし、足早に街を抜ける。昨日の賑わう街からは想像も出来ないほど静かで、人の数は数えられる程度しか見受けられなかった。幸いにも、会いたくない人達の姿は一人もなく、無事に街を出る事に成功する。ほっと息をついて、口を開いた。 「ふぅ、なんか妙に緊張しちゃった。」 [ああいうのは会いたくないと思えば思うほど、鉢合わせちゃったりするそうですからね。それはそれで面白かったかもしれませんが。] くすくすと笑って言うフィーネに、そりゃないよと苦笑いを零す。まじで良かった、誰にも会わなくて… ー
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