第二章

11/13

20人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
街道を歩いていると、少しして思い出したかのようにフィーネが口を開いた。 [あ、そういえばディル様。ここから先は魔物の種類が変わるので、十分に気を付けて下さいね。] 「ん?動物型じゃなくなるってこと?」 ここに来るまでに現れた魔物は見た目は違えど、全て動物型だった。彼女がわざわざ忠告するということは、戦い方が今までとは異なる魔物になるというのが予想出来る。一体どんな魔物が… [そうですね。言うなれば、昆虫型が多いです。] 「…まじか。」 よりによって虫か、と思わず皺を寄せる。 [あら、お嫌いでした?] 意外そうにこちらを見るフィーネに、いやそうじゃなくて…と続けた。 「嫌いとか好きとかじゃなくて、さ。戦うならほら、どうしても体液飛んじゃうでしょ。虫のあの、びしゃってなる得体の知れない液体がどうしても、ね。絶対に触りたくない…」 [あぁ、なるほど。独特な臭いもありますしね。では、私が前に出て戦いましょうか?] …とても魅力的なお誘いに、一瞬気持ちが揺らいだ気もしたが、慌てて首を横に振る。 「…それはダメ。絶対ダメ。極力飛び散らないように戦うから大丈夫。」 ナイフはかなりリーチが短い為、斬り裂いてしまえば確実にアレを喰らう事になるだろう。液体が飛び散る前に動くか、飛び散らないように突き刺していくか…。いや、それだとどの道、引き抜く時に飛ぶ、か?んー…。 [ふふっ。自分の苦手なものでもそこは譲れないんですね。では、そんなディル様に私からプレゼントを致しましょう。] 何処か嬉しそうに零すフィーネに首を傾げる。 しかもここでプレゼント…? “ウィンドベール” 彼女が魔法名を告げるやいな、ヒュッと音がなり、淡い翠色の風が、俺の身体を囲うように渦巻いた。ゆっくりと柔らかく揺れるそれは何処か暖かく、こちらの動きに合わせて一緒に動いている。 「えっと…これは?」 [ディル様が嫌なものを弾いてくれる魔法ですよ。] 「…弾く?え、ほんと?ていうか、魔法ってこんな使い方も出来るもんなんだね…」 サイレで暮らしていれば、魔法を使う機会もないし、見る機会もほとんどない。たまに来るとは言え、年に数える程しかアルカには訪れないし、来たとしても、街では日常生活に使う程度の魔法しか使われないため、魔法の戦闘というのは殆ど目にした事がないのだ。故に、魔法といえば、攻撃魔法か回復魔法かの一般的などちらかのイメージしかなかった。 防御魔法…ね。 それこそ、氷魔法とか土魔法とかの形を成しているものなら想像もしやすいだろうが、 風を防御として使おうなんて、そもそもの発想が凄いなと思う。 初めにこれを魔法として完成させた人…いや精霊は、すり抜けちゃうんじゃ?とかっていう心配はしなかったんだろうか?うーん…奥が深い…。 [元々ダメージを低減することを目的に創られた魔法のようですよ。液体くらいであれば、貫通する事はありませんのでご安心を。ですが、敵の攻撃自体を防ぐことは出来ないので、そこは昨日と変わらず十分に注意して下さいね。] なるほど。どちらにせよ、これで心置き無く戦える訳だ。「ありがとう」とフィーネにお礼を述べ、止めていた足を再び進めた。 ー 「…げ。」 大丈夫だと分かっていても、いざそれを喰らうとなると、また話は別で。視界に映る虫の体液に思わず反応してしまい、無理に身体を捻ってしまう。 あぁ、条件反射… 虫型の魔物と戦ったのは過去に一度もなく、正直こんなにも厄介な相手なんだとは思っていなかった。 耐久自体は動物型より低いそうで、見た感じの動きもそれ程早くはない。が、如何せん数が多く、飛ばしてくる緑の液体が何よりも問題で、四方八方から俺への嫌がらせかのように吐いて来る。勝手に人で言う血のようなものと認識していた訳なのだが、攻撃手段としてもそれを使っているのを目にした時は、「嘘だろ…」と声に出してしまった。その上、羽を使い、空を飛ぶ種まで居るんだから、本当にたまったもんじゃないと思う。 [空中の敵は任せて下さい!] 後方からのフィーネの声に頷き、ぐっと地を蹴る。これ以上、無駄な動きをして戦闘を長引かせるのは流石に不味いだろう。俺の心身共に。もう腹を括るしかない、か。 「…頑張れ、俺。」 ー 結局、慣れの問題で一度体液を喰らい、本当に大丈夫だと分かれば、そこからは早かった。なんかもう無敵になった気分である。 風に触れた液体は、まるで跳ね返すように魔物の方へと飛んでいき、まさか自身に返ってくるとは思っていなかったのだろう敵達は驚きに怯んでいた。その隙を見逃すほど、俺もバカでは無いので、先程苦戦していたのが嘘のように、一体一体を確実に仕留めていく事に成功する。 新しいナイフの斬れ味も凄まじく、一撃で敵を沈めることが出来、なんかもう驚くことばかりだった。 にしても、まじで凄いな、この魔法…。 どんなに強力な攻撃魔法よりも、是非とも真っ先に覚えたいと思う代物である。ていうか、覚えるわ。絶対。 最後の一体を目掛け、ナイフを振るう。魔物が動かなくなったのを確認し、ふぅと息をついた。 「ごめんね、フィーネ。折角魔法掛けてくれたのに、手間取っちゃって…」 [いえ、お気になさらず。こちらとしては、かなり役立っているようで、嬉しい限りですよ。] かなりどころの話ではない。もはやこれが無いと、ここらの魔物とは戦いたくないレベルで、役に立っているのだから。 頭が上がらないとはこういう事を言うのだろう。本当に、魔法様様である。 戦闘を終えてすぐ、躊躇すること無く虫の亡骸に手を付けたフィーネを見つつ、自分もそれに習って手を伸ばし、素材の回収を始める。こういうのは一般的に女の子は触らないと思っていたのだが、どうやら彼女は平気なようだ。 「なんかどっしりしてるよね、フィーネって…。男前と言うかなんというか。」 [よく言われます。褒め言葉として受け取っておきますね。] にこりと笑みを向けてくる彼女に、「ほらそういうとこだってば」と内心でツッコミを入れつつ、先ほど聞いておこうと思っていた魔法について問いかける事にする。 「そういえば、船に乗って時間があったらで良いんだけど…この魔法について詳しく教えて貰う事って出来たりしないかな?」 [ふふっ。そう仰ると思っていました。勿論良いですよ。ですが、この魔法…一度唱えればそれで終わりというタイプでは無く、継続的に魔力を消費するタイプの魔法になるんですよね。上手く扱える様になるには、それなりの時間が必要かもしれません。] 「…えっと、それはつまりフィーネは今も魔力を消費してるってこと?」 [はい、そういう事になります。消費魔力量自体は少ないので、枯渇するかもという心配は要らないのですが、問題は多分集中力の方ですね。魔法を展開出来たとしても、他の魔法を使ったり、近距離戦で身体を動かすとなると、どうしても意識がそちらに向いてしまいがちですから、防御魔法が崩れてしまう事が多いのです。] 「…そっか。自分で防御魔法だけを発動させても、戦えなければ意味がない、のか。」 [途中で消えてしまっては意味がありませんからね。二つの事を同時にやる器用さと集中力…まあ、練習すればいずれ出来るようになると思うので、何事も挑戦あるのみですかね。頑張って下さい、ディル様。] ふむ、と思考。フィーネの話には驚かされてばかりである。 魔法に魔力を使い続ける種類が存在するなんてこともそうだし、今こうして話したり戦闘したりしている間にも彼女はこの魔法をかけ続けてくれているという事もそうだ。 ていうか、どんだけ器用なの… [なんて言っても私、風の精霊ですから。] 「…器用さと、それって関係ある?」 […あまり細かいとモテなくなっちゃいますよ?] 「…」 一緒に居るようになって分かったことがある。彼女は俺に合わせてなのか、いつも何事も詳しく説明をしてくれるというのに、ほんの稀にとてつもなくいい加減になる時がある。多分、面倒になって。 もしかすれば、元はもっと大雑把な性格なのかもしれないと思った。それもフィーネっぽいんだけど、ね。 ー
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加