第二章

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昆虫型の魔物との戦闘にも慣れてきた頃…ようやく、目的地のトゥールス港と青く広がる海が見えてきた。 昨日と歩いた距離的にはそれ程変わらないのだが、街道を通っていく一本道だった分、歩きやすく楽だったように思う。 [もうすぐ、ですね。] 「んね、なんかもう一生分戦ったんじゃないかって感じ。」 [向こうは魔素が薄く、魔物自体が少ないですからね。ましてや子供が魔物と戦う機会なんて無いに等しいんじゃないですか?] 「うーん、確かにそうかも。あ、でもね。一応、学校…えっと、子供が集まって大人から色々な事を学ぶ場所では、シュミレーション戦闘って言うのがあって、機械から発生させた幻覚っぽい魔物と武器を交えて戦える授業もあるんだよ。ま、実戦のそれとは緊張感も、武器で裂いた時の重さなんかも全く違うんだけどさ。」 […そんなものが、あるのですか。凄いですね、人の技術というのは。] フィーネの反応に、はっとする。余計な事を言ってしまったと気付き、慌てて口を開いた。 「ごめん、無神経だった。」 [いえ、そんなに気になさらないで下さい。それに今のは純粋に驚いただけなんですよ。向こうの人々が、様々な技術を駆使し、魔法に負けず劣らずの便利なものを創り出しているというのは、精霊の私でも知っております。ただ、それが生活に必要なものだけではなく、子供達の教育材料にも使われているという事に驚いたんです。安全面を考慮した上で機械を使い、実戦の場を設けるだなんて、こちらでは到底考えられませんから。] 言われて初めて気付く。当たり前に、向こうの生活には機械があって、何の気なしにそれをいつも使っていた。 今思えば、確かにこちらじゃ考えられないものばかりで、知らず知らずのうちに頼きっていたのだということに。 人は依存しがちだと思う。機械に頼ること、それが良い事なのか悪い事なのかは、誰がどの角度から見るかによって見方が変わることだろう。時間短縮にもなり、人の手を使わない機械…本当に便利なもので。けれど、全部が全部機械になって、自らが何もしないなんていう世界は、正直つまらないだろうなとも思った。 「…あー、うん。ちゃんと人の為になっている機械も沢山あるんだ。そこはサイレの民の誇るべき所でもあると思うし。でも、だからといって精霊を捕らえて良い理由にはならないから。誰かを犠牲にして出来た機械なんて、嬉しくもなんともないよ…」 [ふふっ。ディル様は、お綺麗ですね。] 突拍子もないフィーネの言葉に、思わず振り返り、後ろを歩く彼女を見た。 「…は?え?いや、何が?」 [心が、ですよ。思考や行動は大人びていて子供らしくないと言うのに、そこだけは綺麗なまま。どうか変わらず、そのままでいて下さいね。] 「…フィーネはよく俺を子供扱いしたがるよね。」 [そりゃ、そうですよ。私からすれば、人なんて皆ちっぽけで、無知で。子供のようなものなんですから。] 「…見ててよ。そのうち身長だけは、絶対に抜いてみせるから。」 [ふふっ。楽しみにしています。] あの時、いつも通り笑う彼女の笑顔に、少しの陰りが見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。 ー トゥールス港の門の前に立ち、ふぅと息をつく。人目があるため、「到着ー!」とつい叫んでしまいたいのを抑え、大人しく大きな門をくぐった。 ようやく、見た覚えのある場所まで来れたことに、少しだけ安堵する。 俺にとっては大冒険みたいなもんだったしなぁ…。 少しの潮の香りと、賑わう人々の声につい引き寄せられるように歩みを進めようとしたところで、フィーネから制止が掛かった。 [ディル様。先に港へ行き、サイレ便の時刻を確認しましょう。時間があればこちらで素材を売って、いざ買い物です!] 彼女の指摘に、そうだったと頬を掻いて進行方向を舟券売り場に変える。 いけない、いけない…。 前回のサンジェルベでの経験を生かし、あまりキョロキョロせず、堂々と歩くよう意識して足を進めた。 先日のように厄介な人間に絡まれるのはもうごめんだからだ。 が、しかしそんな俺の思いとは裏腹に、交易が盛んなこの街には珍しいものが山ほどあり、誘惑が凄まじい。 視界の端に映るキラキラと光る棒のようなものが並ぶ店に、何かを焼いているのだろう良い匂いのする屋台や、ルシィが好きそうなぬいぐるみが並ぶ店もあり、うがーっと内心で叫ぶ。 じっくり、見たい…。 [凄いですね、見たことの無いものが沢山…] 零すフィーネをちらりと横目で確認する。人に見えないのを良い事に、あちらこちらを覗き込むように見ている彼女を見つけ、心底ずるいと思った。 俺も人に見えないようになりたい、今だけは切実に。 [ふふっ。私がディル様の分まで存分に見回しておきますね。] …何ともまあ、意地の悪い返答に、やれやれと肩を竦める。 「後で寄りたいお店があったら、ちゃんと場所を覚えておいてね?」と心の中で伝え、誘惑に勝つべく、足早に舟券売り場までの道を進んだ。 ー
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