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市場を抜け、もう少しで港という所で、焦ったようなフィーネの声が響いた。
[…ディル様、そのまま足を止めずにその木箱の裏へと行ってください。]
ん?と不思議に思いつつも、何かあったのだろう事を察し、そっと言われた通りに身を潜める。
(一体どうしたの?)
[あちらを。確か、サンジェルベで会った方…ですよね。]
フィーネが指す先に視線を移し、見えた人物に目を開いた。
宿屋らしき建物の壁に寄りかかり、知り合いであろう人達と話している男の姿…。
あの父さんに、似ていた人…か。と心の中で舌打ちをする。
確かに、今あの人に自分の存在が見付かるのは、かなりまずいと言えるだろう。どうやってここまで来たんだとなるだろうし、「親は?」と問われれば、今度こそバレてしまう気もする。
タイミング良く本物の父さんが仕事でここに来てくれていれば、かなりラッキーなのだけれど、そんな都合の良い話がある訳も無いだろうし…。
[…あの方、昨日と一緒にいる方が違いますね。ディル様と同じくらいの子供もいる様ですし。]
フィーネの声に、え?と視線動かす。つい、サンジェルベでの男に気を取られすぎて、周りの人達までは見ていなかったのだ。彼女が言う通り、確かに昨日の女性の姿は見受けられない。
その代わりに、杖のついたおばあさんと若い女の人に、背の高い男性。そして、小さな女の子…。という、何とも異様なメンバーが揃っていた。しかも失礼ながら、とても家族旅行なんていう雰囲気には見えない。
というか、なんか揉めてる?それに、あの小さい女の子は何処かで…
「ルーストはウソつきですッ…!だから、嫌いッ」
不意に聞こえた幼い声に、びくりと身体を揺らした。
…今、なんて言った?
「おいおい、心外だなぁ。最初に言ってやったろ?言われたくない事は俺の前で話すなってな。それとも、おこちゃまのシルディちゃんには分からなかった、か?」
思わず、耳を澄ませていた。
更に聞こえた声に、信じられなくて目を疑う。
ルーストに、シルディ…?
[…ディル様?]
心配そうにこちらを見るフィーネの姿が視界の端に映ったが、残念ながら今の俺に、彼女の声に返事をする余裕はなかった。
「…それも、ウソ。全部、全部ウソのくせに…」
「ん?なになに。今のはちゃんと事実だろーが。これだから子どもってやつはなぁ。」
そんな偶然が、あるのだろうか。だって、その名は…
「ちょ、シルディ。やめなよ。ルーストはもうこういう人だって割り切るって話だったでしょ…?」
「あーら、ミリアス嬢。それを俺の前で言っちゃうなんて、意外とえげつないことするのな?まっ。嫌いじゃないぜ、そーゆーの。」
父さんの呼び名と、母さんの、名前だ…。
「…ッ」
一体、何がどうなってる?
「…傷ついてる、くせに…」
「あ?なんか言ったか、シルディ。」
「自分が一番傷ついてるくせにッ!自分にもウソをつくルーストなんか、大っ嫌いです!!」
叫ぶように言い放った小さな女の子は、こちらに向かって走って来ていた。
「え?…ねぇ、ちょっと待ってよ!シルディ!?」
目に涙を溜めて、俺の前を通り過ぎたその姿に、息が止まる。見慣れたものよりもかなり幼く、小さなその姿に。変わらない、髪と目に。
「…は、なに、言ってんのあいつ。」
「子供の方が、案外ちゃんとよく見ているものですからねぇ。全てを。」
「バカ言え。何年この仕事やってると思ってんだ、今更…」
「とりあえず、後を追うぞ。探さねばなるまい。」
…間違いないと、確信する。
あれは。父さんと母さんの昔の姿、だ。
小さな少女の後を追う為、こちらに向かってくる三人の大人にバレないよう、身を隠す。心臓がバクバクと音を立てて、まるで悪い夢でも見ているのではないかと目を疑った。
が、そんな想いも虚しく、どうやらここは本当の現実らしい。
[えっと、ディル様のご両親は…]
俺の思考が読めると言えど、フィーネにも訳が分からないと言った様子だった。眉を下げ、心配そうにこちらを見る瞳と目が合う。
大きく息を吸い、吐き出す。一度深呼吸をして、なんとか自身を落ち着かせようと試みた。
…考えられるのは、一つ。だが、あまりにも非現実的過ぎるそれに、確固たる証が欲しくて、過ぎ去った三人が見えなくなったのを確認し、ゆっくりと立ち上がった。
(…とりあえず、舟券売り場に行こう。そこに行けば、きっと分かると思うから。)
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