第三章

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第三章

辿り着いた船の時刻表を目に「やっぱりか…」と呟く。当たって欲しくないと思っていた俺の予感は、見事に的中したようだった。 念の為、近くの船員に聞いてみるべきかと判断し、「すみません。」と声を掛ける。 「どうしたんだい、ぼく。」 「…えっと、ここにサイレ行の便ってありますか?」 「サイレ?どこのことだろう、それは…。申し訳ないけど、聞いたことがない港の名前だから、間違いなくここから出る便の中にはないと思うよ。」 船員の返答に、これで俺が立てた仮説は確定したも同然だなと唇を噛む。 「そう、ですか。ありがとうございました。」 「んー、もしかしたらこっちの港じゃなくて、シャンデル港にならあるのかも?あっちも此処くらいの大きい港町だからさ。」 …いくら大きかろうが、このトゥールス港になければ他には絶対に存在しない。そう分かってはいても、人の親切心を無下にするほど薄情な人間でもない為、当たり障りのない返事を口にする。 「…ご親切にありがとうございます。行ってみます、ね。」 ぺこりと頭を下げ、舟券売り場を出た。 行き交う人々が目に映り、耳には海の波の音が届く。見える建物の景色や風景は、あの時となんら変わらないというのに…。 まるで、自分だけが取り残されたような気になった。 […あの、一体どういう事ですか?サイレ行きの便がないなんて…] 戸惑いを隠せないフィーネの様子に、逆に俺が知りたいくらいだよと苦笑いを零す。 (ここは、断壁が壊れる前のアルカ…だと思う。ほぼ間違いなく。) […え?] (とりあえず、落ち着ける場所で話そう。宿に向かうよ。) 止めていた足を進めて、先ほどまで随分若い両親がいた宿屋へと入る。 存外、冷静な自分にほっと息をついた。おそらくそれは、諦めが半分以上を締めているからだとは思うが。 「二人部屋あいていますか。」 「…はいよ。階段登って右の203号室ね。」 「ありがとうございます。」 険しい顔をしていたせいか、宿主は一瞬考えたような素振りを見せたあと、何も言わずに鍵を渡してくれた。 空気の読める人で良かったと感謝する。毎度毎度、昨日みたいなやりとりはごめんだった。特に今なんかは。 言われた部屋の扉に鍵を刺し、開ける。フィーネが中に入ったのを確認し、再度鍵をかけ、備え付きのイスへと腰掛けた。 […あの、ディル様…] 「単刀直入に聞くよ。フィーネ、思い当たる節はある?」 […ッ] 疑っている、訳では無いと思う。もちろん責めるつもりも無い。 彼女の様子から察するに、自分の意思ではなかったのだと予想する。先ほどまで、状況が見えていなかったというのが何よりの証拠だ。もちろん、それが演技というもので無ければ、の話だが。 まあ、きっとフィーネも被害者のうちの一人なのだろう。これでもし俺が騙されていたというのなら、それはそれで仕方ないとも思うし。 苦虫を噛み潰したような顔をする彼女に、ふむと思考。ひとまず心当たりがあるようで何よりだ。俺にも思い浮かぶ原因は二つある。 ぎゅっと、自分の手の平を包むように握り、こちらを見たフィーネと目が合う。揺れる瞳を閉じ、そして意を決したようにその目が開かれた。 […ディル様の想像している通り、だと思います。私の家に施されていた魔法は、自身で掛けたものではありませんでした。] 「…風属性の精霊が、空間の魔法を使えるのはおかしいもんね。」 […はい。お察しの通り、もしもの為にとあの場に魔法を施して下さったのは空間の大精霊様になります。ですが、その魔法を施した際は、私もその場におりました。何処からでも自宅へ戻ってこれる魔法のみだったのを、きちんと確認しております。] 「そっか。それで?」 何だか、とても尋問をしている気分である。いや、実際にはその表現でなんら間違いではないのだけれど。なんとなく、人聞きが悪いよなぁと思った。 だが、必要な事はきっちりしておかなければ、後々困るのは誰でもない、自分自身だ。今は、言いたくなるまで待っててあげるだとか、可哀想だとか、そんな生ぬるいことを言っている余裕は正直無い。 […あくまで、可能性のお話なのですが。私が精霊達を捜す命を受け、家を開けた後…おそらく時属性を持つ精霊の誰かが別の魔法を足したと考えるのが一番妥当かと…] 「ふーん、なるほどね。空間の大精霊と言えど、時は越えられない、か。」 [はい。精霊は一人につき一属性しか持てませんので、空間の大精霊様ご本人が、というのは確実に有り得ない事なのです。] …有り得ない、ねぇ。精霊の理や誕生については不明な点が多過ぎる為、判断しにくい。もしも例外が居たとして、二つの属性を持つ精霊がいたなら…。いや、今はここまでの可能性の話をしても仕方が無い、か。 「…じゃあ、次の質問に移ろう。フィーネは精霊を捜す様に命令されたって言ってたね。それを知っている精霊はどれくらい居たの?」 […私は誰にも他言はしておりません。その、友と呼べる方は皆…捕らわれてしまいましたので。私に命を与えた方と、空間の大精霊様だけかと思います。それこそ、お二人が口を開いていなければ…のお話にはなりますが。] 二人だけ…ね。 「ということは、だ。フィーネの仮説から行くと、その二人のどちらかが世間話として誰かに喋って、それを聞いた者が勝手にフィーネの家の魔法に悪戯をしたか。 二人のどちらかに別の目的があって、わざと時の魔法を後から付け足すよう時の精霊に命じたか。になると思うんだけどね、フィーネはどう考えてる?」 我ながら、随分と意地の悪い聞き方をしてしまったと思う。どちらもフィーネにとっては、人の世で言う上司のようなものなのだろうから。 けれど、俺にとっては赤の他人も同然で、こうなった以上、名前も顔も知らない精霊をほいそれと信じる訳にはいかないのも事実だ。 それに、多分彼女はもう自分の中で答えを見つけているのでは無いかと思う。 […前者はおそらく無い、と思われます。秘密裏に事を進めるとおっしゃっていましたから。それに私に命ずる際も、上位の精霊達だけが使える隔離された空間を使って、他者に漏れることの無いよう対策をなさっていました。] 「なるほど、ね。だとするなら、それはつまり…フィーネは自分に命令を下した精霊か、空間の大精霊が意図的にやったことだと思ってるって事で良いんだね?」 […そう、思いたくはありませんが、それしか考えられないのも事実です…]
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