第三章

4/31

20人が本棚に入れています
本棚に追加
/55ページ
分かってはいたが、スケールが大きすぎて中々思考が追い付かない。不鮮明だった部分が明確になって、知りたいと思っていたことを知る事が出来ている。 けれど、それらを頭に思い描くには、まるで夢のようで。嘘だと疑っている訳ではないのだが、とても現実だとは考えにくかった。 一度言葉を区切ったフィーネは、こちらの様子を伺うように憂いた瞳を向けてくる。 話の続きは、なんとなく想像がついた。 人は自分たちの為に人工精霊をつくり、それを使ったのだ。となると、そこから発生する問題はおそらく魔素の濃度に関することだろう。 にしても、精霊を作る…ね。 とんでもない事を考える人間が居たもんだなと、呆れを通して感心する。きっと、その考えに至った理由は、自分にない力を持った他者を羨んだ末…なのだろう。 いつの世も、人は欲張りで、与えられたものだけでは満足できず、あれやこれやと手を伸ばす。隣の芝生は青く見えるとはよく言ったものだなと苦笑いを零した。 […説明として簡単に口にはしましたが、実際はとても危険な事なのですよ。本来、魔素を魔力へ変換できない人という存在が、無限に魔力を発生させる人工精霊その身に宿す…なんていうことは。] 何処か悲しげに目を伏せるフィーネ。 おそらく、自分達の力がこんな風に使われ、災いを招く事になろうとは想像もしなかったのだろう。 確かに、属性や魔法を際限なく使い放題というのをデメリット無しにブラ下げれば、食いつく人間などごまんといるであろう事は想像に難くない。目に見えない精霊よりも、見える人工精霊に目が眩むであろうことも…。 同じ人であるが故に、その気持ちは分からない訳ではない。 だが、だからと言って、じゃあ自分の中に精霊を宿しても良いですねと言われれば、デメリットを聞いていない今の状態でも、俺の答えはノーだった。 普通に考えて恐れ多いし、何より前例がない以上、この先に何も無い保証がない。そんな、自分の身体を一か八かのような賭け事に使うなど、絶対にごめんである。 「というか、精霊は人に教えなかったの?魔素についての問題を。」 知っていたのにも関わらず、力欲しさ故にこれを行なったのだとしたら、もう本当に救いようがないだろう。愚かすぎる。 [いえ。…初めの祖なる人々は知っていたはずです。魔法の使い方をお伝えする際に、それが及ぼす影響や魔素に関しての全てをお話したと。 ですが、おそらく語り継がれなかった…。祖なる人は魔法を使うことが主な人々の生活が覆る事は絶対に無いと、考えていたのかもしれません。少なからず、私達精霊はそう思っていたので…] …なるほど。 確かに、魔物が巣食う自然に村を作ったのだから、魔法を使用する機会は多く、他に語り継ぐべき事が沢山あったと言えば、それはそうだろうなという予想がつく。 余計な不安要素を民に伝えるべきでは無いと判断された線もありそうだが、どちらにせよ、手は残すべきだったろう。 まあ、世界の過去に何を言っても仕方の無い話ではあるが。 […話を戻しますね。その後は、ほとんどディル様の想像通りです。人工精霊によって魔素は濃くなる一方…。魔物も少しずつ凶暴化し始めた頃、精霊達はようやく人工精霊の存在を認知致しました。 不甲斐ないことに、魔力の消費量が減った事には気付いていましたが、さほど重要視はされなかったのです。目に見えて魔素の変化が分かるまで、消費魔力量低下に関する詳細を調べる事はありませんでした。 慌てた精霊達から報告を受け、力の弱き仲間が危険にさらされると判断した精霊の長は考えます。 魔素の濃度が増せばまた、魔物以外の生物に被害が及ぶ… 人が魔素に関しての記憶を忘れたにせよ、覚えていて人工精霊を作ったにせよ、長は再度人に伝えなければならないと結論付け、人里の王の元へと赴きました。 ディル様はご存知ないかもしれません。今でこそアルカ内の国は一つですが、世調和が行われる直前までは、二つの国が存在していました。人工精霊を用いていたのは片側だけでしたが、長は平等にと二人の王へとお話をなさったのです。] 二つの国…? そんな話は全く耳にした事がなく、思わず眉を顰める。 それなりに勉学には励んできたつもりで、アルカに関する本も数多く読んだという自覚があるが、何処にもそんなことは書いていなかった。そんな大層な事が書かれていないのは、おかしな話だ。 もはや意図的に書かれなかったとしか…。いや、違う。本当に書けなかったのか。国が消えたのは、世調和と断壁に関係していたから…。 [はい、その通りです。断壁が破壊されると共に、片側の国がなくなりました。消滅したのは、人工精霊を作った国…“ザガン“です。そして長が話した内容に、ザガンの王は首を縦には振りませんでした。] 「え?なんでまた…」 [肝心な部分は語り継がれず、精霊の力を借りているというのだけが認知されていたからです。ザガンの王は、自分達が力を持つ事自体に我々が反対しているだけだと、捉えたのですよ。] もう、呆れを通り越して、阿呆だとさえ思う。わざわざ精霊の長が直々に赴き、説明をしたのであろう関わらず、それを拒否したと? 随分と頭の悪い王が居たもんだなと肩を竦める。 いや、王だから力を欲したのか?アルカに二つの国…考えられるのは… [はい。自国の領土を広げる…つまり戦争の為、ですね。 精霊の長が赴いた時期は、図らずしも最悪のタイミングでした。ザガンがもう一つの国“トゥル・ロワール“との戦争の為に力を手にした…そこに無関係のはずの精霊が現れ、力を使うなと言う…。いくら魔素に関する話をしようとも、全く聞く耳を持ってはくれませんでした。] 「…トゥル・ロワールと精霊がグルだと判断されたってこと?」 [そういうことです。] 元々、自らの手で力を創り出そうとする王なのだ。力に執着しているのは見なくても分かる。が、ここまで行くと、言葉もない。 運が悪かったと言えば、そうなのだろう。だが、この大規模な話を運という言葉のみで終わらせる事も出来はしないだろうなと精霊の長を哀れんだ。
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加