第一章

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自室に着き、扉を閉めてふぅと息をつく。 机に置かれているスクールバッグが目に入り、そういえば今日はまだ学校の課題を終わらせていなかったかと気が付いた。 鞄の中から一枚のプリントを取り出し、目を通す。どうやら今日の課題は“アルカの民とサイレの民について“だった。 「…要するに、違いってことか。」 普通であれば、自分とは違う民については理解が難しく、まるで異界の住人のように思ってしまうらしい。だから、世界が一つになった今、わざわざ学校で互いの民について学ぶ必要があると聞いた。 俺が住んでいる此処は、機械技術が発展しているサイレの街だ。 つまり、精霊の力を借り、魔法を使うアルカの民はほとんどいない。いないということはすなわち、魔法を見る機会もないということだ。そういえば、クラスで誰かが言っていたっけ。「魔法って何もない所からいきなり出るんだってさ。化け物かよ、怖いよな」と。周りが同意を示して頷く中、俺は何とも言えない気持ちになったのを覚えている。 「…同じ人間なのに、な。」 学校では口外していないが、俺は魔法が使える側の人間だ。 では何故こちら側にいるのかと言うと、父さんがサイレの民だからである。つまり、母さんがアルカの民…。そう、所謂ハーフというやつなのだ。俺とルシィは。 幼い頃から、父に厳しく言われていた。「今はまだ、誰にも言うな」と。それは13になった今も尚続いていて、一体いつになったら良いんだとは思うものの、二つの民が揉めている間は無理だろうなというのも分かっていた。 …これ、世界戻したメリットあったの?って割と本気で思っている。両親には口が裂けても言えないけど。 つかまさか、二人が一緒になる為に戻した説もある…?なんていう馬鹿なことまで考えて、いや、さすがにそれは無いか。と慌てて首を振った。 いつかの母の言葉を思い出す。 「私がディルくらいの頃は、本当に大変だったんですよ。もちろん、ルーストも。」 あれは一体どういう意味だったのだろう。 何処か遠くを見つめ、寂しそうに笑ったあの言葉の真意は… 断壁がなくなり、世調和が起こったのが今から約十七年前だ。つまり、母さんが13で父さんは25の時…。二人の年の差についてはまあ、触れないでおくとして、問題はなぜ子供であろう年齢の母が世界に関わっていたのかということ。 昔から魔法の扱いが長けていたというのは聞いていた。でも、たかがそれだけの理由で世界問題に子供が関係するだろうか? 考えなくてもわかる。その答えはきっと否だ。 「じゃあ、なんで…」 ここまで呟いてはっとする。 はぁ。最近はこんなんばっかりだ。 世調和について知ろうとすればする程、分からない事が増えて、自分の父と母に疑問を抱いて。けど、それでも答えなんて誰も教えてくれなくて… 「…いっその事、起こったこと全部をこの目で見られたら納得出来るのにな。」 零した言葉は、誰にも届くことなく消える。 分かってるよ。そんなのが無理だ、なんてことは。 右手で頭をがしがしと掻く。ああ、もう。 「…とりあえず、先に課題終わらせるか。」 分からないものを、いつまでもうだうだと考えていても仕方がない。気持ちを切り替えようと、ペンを握った。 二つの世界について、自分が知っている事を頭の中でまとめていく。 まずはアルカの民から。精霊と魔法が主となる生活。だが、誰しもが魔法を使える訳ではなく、生まれつきの相性というものがあるらしい。精霊との相性が悪ければ、力を貸して貰えず、精霊を通して使う魔法は発動出来ない。逆に言えば、全ての相性が良かった場合、全ての属性魔法を使えるということである。まあ、今までにそんな人がいたのかどうかは分からないが。 人によって使える魔法の属性が全く違うので、街の数は少なく大規模なものが多い。それぞれが自分に無いものを補うように、協力し合って暮らしているとのこと。 次にサイレの民だ。生活の主は全て機械。貴族とかの金持ちの所は、家にあるもの全てが機械で動いていて、自分が何もしなくても一日の生活が出来るほどだと聞いた。 「人が手を加えずに生きていける世界」というのをコンセプトに、ローガス社という大企業が全ての機械の開発、設計、販売までを行っている。つまり、ローガス社のおかげで人の生活が成り立っていると言っても過言ではない訳だ。 だが、その代わり問題点も多々ある。機械は便利だが、その分お金がかかるゆえ、買える家庭、買えない家庭で生まれる貧困差が大きい。加えて、ローガス社がある中心都市は外でもあちらこちらに機械が使われているが、離れた小さな村では灯りなどの生活必需品くらいしか機械が使われていないという点だ。これについては、サイレの領主が改善策をと話を進めているらしいが、未だ実行には至っていないらしい。 やはり住んでいるせいか、事情についてはサイレ側の方がよく知っていた。アルカには何度か行ったことはあるが、旅行やら母さんの両親の墓参りやらの数回で、生活問題などを耳にする機会は全くもってなかったのだ。知らなくて当たり前と言えば当たり前なのだが… というか、そもそも向こうはこっちより断然平和そうに見えていた気がする。どこの街も似たようなもので、貧困差なんてものはなさそうだったし。やっぱり、住んでみないと分からないものがあるのだろうか。
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