第三章

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目を伏せ、一度言葉を区切ったフィーネ。その瞳には、困惑の色が伺えた。 聞かされた側は、本当に訳が分からないと思う。ザガンの王と共に消えた、というのなら、理とやらに反したのが理由ではない事くらいは分かるだろうが…。 一体何のために?誰が?というのはまるで不明だ。 考えられるのは、どちらかが意図的に何処かへ移動したか、第三者による何者かの手によって移動させられたか、にはなる訳だが…。 「ていうか、それだと断壁はどうなったの?」 […姿が見えなくなっても、数日は変わらずに存在していました。今思えばおそらくあれは、長の流した魔力が残っていたからだったのでしょうが…。 我々は姿が消えた長が死を迎えたとは、欠片も想像していませんでした。断壁が残っていたからという理由と、ディル様も思った通り、ザガンの王と共に消えた事から、何処か別の場所へ移動し、終えたら戻って来るのだと考えていた為です。しかし、何時になろうとも長はその姿を見せてはくれませんでした。そして、断壁がなくなり…初めて我々は長が消えたという事を認識したのです。] どうやら、断壁は魔力を流して維持するタイプの魔法だったらしい。それをずっと続けて来たという規格外さにも驚くが、フィーネの顔を見るに、これからの展開が良くないであろう事が見て取れて、そんな事を気にしている場合ではない事を察した。 …いや。まさか、ね。 「けど。長は、再生出来るんでしょ?」 […ずっと待っております。あれから、ずっと。] おいおい、と頭を抱える。しかも断壁は壊された訳じゃなかったらしい。戻したくて世界を元に戻した訳じゃない…。いや、でもそれならどうして…? 色々と気になる点が有り過ぎて、上手く頭の中がまとまらない。 まず、そもそも消えた二人…ザガンの王と精霊の長は本当に亡くなったのか、ということ。 いや、断壁が消えた以上、精霊の長に関してはそう言えるのかもしれないが、再生出来る筈の長が戻らない点を踏まえるとなんだか妙な気がする。何か戻れない理由がある、とか…? 王が居なくなった後の戦争も気になるところだ。急に居なくなった王に、ザガンの民はどうなったのだろう。戦争が終わった際に滅んだ国がザガンとは聞いていたが、王が居なくなった事により終戦を迎えたのであれば、丸く収まった訳では無い事は容易に想像がつく。下手をすれば、反逆者がわんさかと生まれる事になりかねない…。 精霊が人に断壁について知られぬよう誓約を交わした理由もだ。確か、精霊に仇なす者が現れるから、とは言っていたが聞く限りだと、それはサイレの民に、ということだろうか? ああ、もうと頭を掻く。完全に、理解の域を超えていた。キャパオーバーだ。 ひとまず落ち着くべく、大きく息を吸い込み、そして吐き出す。 いくら気になるとは言え、フィーネが知らない事を問うたところで答えなど出はしないだろう。今俺が聞くべきことは、これからこの時間軸で起こることで、個々の理屈ではない。 そう分かってはいるのだが…。こればかりは性格なので、もう仕方ない気もする。割り切る、しかない。 「…これからここでは、二つの国の戦争が起きて、人工精霊と精霊の長が衝突する。結果は二人が消えた事により終わりを迎える事となるが、すぐに断壁も消えてしまう…。そして万一があったとしても、復活するはずだった長は再生をせずに、断壁がなくなったまま時が流れ、徐々に精霊たちが姿を消し始める…。」 事実をだけを述べるとこういうことになるだろうが、余計にさっぱりだった。 「あー…。そもそも過去に飛ばした精霊って結局フィーネに何をして欲しいんだろうね。断壁をなくしたくないのかと思ってたけど、これなら長を助けたいって考えた方が可能性は高そうな気もする…。」 […はい。おそらく、そうなのだと思います。 先程、精霊の中で断壁の有無に賛否両論があった事はお伝えしましたね。これは唯一、精霊の誰かを犠牲にすること無く、そして人に干渉することも無く、魔素に関する問題を収束してくれる方法でした。濃い魔素を薄めるには、世界を広げれば良い…長を失う危険性を考えれば、初めから断壁を失くした方が良いと考えた者がいたのです。ですが、勿論の事、長はそれにも首を縦には振りませんでした。理由は、遥か昔に諦めたあちらの世界が、今現在どうなっているのかまるで分からなかったからです。長は何も知らないままに、あのパンドラの箱を開ける事は出来ない。と申しておりました。] …断壁を発生させた本人でも、サイレ側の様子は分からなかったのかと目を伏せる。 そうと考えれば、魔法もなく自然もほとんどないあの地で、知恵を絞り技術を身に付け生き長らえたサイレの民は、純粋に凄かったんだなと今更ながらに思った。 にしても、パンドラの箱…ね。見捨てたのは自分のくせに酷い言い様だなと苦笑いを浮かべる。苦渋の決断だったとは言え、何もそんな風に言わなくても…。 まあ、確かにアルカ側からすればそう思うのも無理はないのかもしれないが。 現在サイレに身を置いている側としては、それを少し悲しくも思った。
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