第三章

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[…望みは薄いかもしれません。ですが、何もせずに居るよりかは良い…。ディル様、これから私と共に時の大精霊様のところへ向かいませんか。] ずいっと顔をこちらに近付け、提案してきたフィーネに驚きつつ、言葉を返す。これまた、随分と唐突な… 「んと、なに?大精霊?」 [はい。時の大精霊様です。本来、魔法はかけた者でないと元に戻すことは出来ません。ですが、どの時の精霊が魔法を施したか分からない以上、その力より強い者に頼むしか術はない…。ディル様を元の時間軸へ戻して貰えるよう、お話に行こうと思うのです。] …思わずぽかんと口を開ける。 まさか、巻き込まれたので帰るの手伝って下さい、なんていうそんな身勝手なものを、精霊の偉い人に言いに行くと言い出すとは微動にも予想していなかったのだ。 「いや、待って待って。そんな事して大丈夫なの?駄目でしょ?そもそも、フィーネは少なからず未来を変えたいと思ってるんだよね。もうすぐ、世調和が行われるって言ってたじゃん。俺に時間を使ってる暇なんて」 [それでも。巻き込んでしまったのは私の落ち度ですから…。 というより、ディル様はまだ分かっていらっしゃらないのですね。本来であれば、貴方は…ここで私がする事を止める立場にあるというのに。] 言葉を渡られ、口を噤む。映る翡翠の目が揺れ、伏せられた。 「…。酷いこと言うね。止められるわけないって分かってるくせに。」 […申し訳ありません。ですが、現状…いつ元の時間軸に戻れるかすら分からないのですよ。過去へと戻る魔法は、術者が自分以外の誰かに魔法を施す際、どの時間軸へ行き、いついつなったら帰ってくるといった様に、最初に指定を行うものなのです。魔法を施した精霊が分からない以上、帰れる時間は…] 「そか。じゃあ最悪、それまで待てば帰れるって事なんだね。」 [そんな呑気な事を言っている場合ではないんです。今ディル様がいるはずの時間軸に、ディル様は居ない。その状態で私が過去を変えてしまえば…、元の時間軸に戻った際に全てが無くなっているなんてことも十分にありうるお話なんですよ?] 「あー…なるほど、ね。元々あっちにいて、過去が変わって消えるなら、何も分からないまま存在も全てなかった事になるけど、過去にいる状態で過去が変わり、元の時間軸に戻ってしまえば、そこにいなかったせいで存在だけは残るっていうことか…」 難しいなと頬を掻く。自分に確かな記憶はあるのに、世界はそれを覚えてないかもしれない、なんて。 […身勝手で自己満足、というのは分かっています。けれど、私はディル様を帰してから、過去を変えたい…。] ぽつりと零れたフィーネの願いに、本当に身勝手だなと手を伸ばす。 同時にバカだなぁ、とも思った。 もうここまで来たのだから、放っておけばいいのに。もしそれで間に合わなくなったら、全部が無意味になってしまうのに。 それでも。そう分かっていても。自分はそうしたいのだと、彼女の目が言っていて、俺には止められそうにないなと深く溜め息をついた。 「…時の大精霊が嫌だって言ったら諦めてくれる?」 […思い当たる術者に声を] 「ダメ。本当に時間がないんでしょ。俺だってやだよ、せっかくのチャンスが俺のせいでダメになるのは。」 絶対そう来ると思っていた。そんな事をしてたら本当に間に合わなくなるだろうに。 […] 目を逸らすフィーネに苦笑いを浮かべ、小指を差し出す。 「約束しよう。もし、時の大精霊に断わられたら、俺はフィーネに着いて行く。フィーネは自分のやるべき事をやる。いい?」 こうでもしないと話が進まないと判断したのだ。絶対に果たす事があるとか宣言しておきながらのコレで、本当に大丈夫なのかと心配になる。…俺のせいでもあるのだけれど。 […ディル様は少々人が良過ぎると思いますが。] 「ん。それ、そっくりそのまま返すよ。」 […もし私と共に行く事になった際には、ディル様は私を止めるよう動いても良いんですからね。] 諦めたように、フィーネは眉を下げて口にした。 どうやら、これが彼女の妥協出来る範囲らしい。もちろん、止めるつもりはないのだけれど、ここは大人しく聞いておくべきところなのだろう。まあ、俺の思考など彼女には筒抜けなのだが。 「はいはい、分かったよ。」 […では。約束、です。] 差し出した小指に、白く長い綺麗な指が絡められ、きゅっとそれを結んだ。 ー
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