第三章

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昨日同様、魔物の素材を袋にまとめてくれていたフィーネにお礼を告げ、ゲートから出されたそれを受け取る。 ある程度は戦ったはずなのだが、昆虫型の魔物だった為か重量は差ほどなく、これなら市場まで持ち歩くのも、楽そうだなと安堵した。 [昨日のは結構重たかったですもんね。]というフィーネの声に、苦笑いで頷いて、もう少し筋肉トレーニング等をした方が良いだろうかと頭を悩ませる。 その理由は一つだ。なんせ、彼女は見た目に反して、かなりの力持ちなのである。昨日の魔物の素材を顔色を変えずに片手で持っていたのを見た時は心底驚いて、それと同時に自分を情けなく思ったのは記憶に新しい。 …一応、俺の名誉の為に言っておくが、決して俺自身がひ弱な訳ではないと思う。単に、そう。フィーネが怪力なだけであって。 […ひどいですねぇ、こんなか弱いレディに怪力だなんて。] やべっと思ったが、次いで聞こえてきたのは、くすくすと笑う声だった。 零した言葉とは裏腹にどこか楽しそうにも見える彼女に、あれ?と首を傾げる。 [すみません、過去に似た様な事を言われたことがあって、つい思い出してしまったんです。] …ふむ、と思考。ひとまず、怒られるわけではないようで、バレないようほっと息をついた。 というか、俺以外にも口にした人がいるって事は、やっぱりフィーネはかなりの馬鹿力の持ち主という事になって、一体あんな細い腕に何が詰まってるんだと、思わず苦笑いを零す。 それに比べて俺の腕ときたら… [ふふっ…ディル様はまだお若いんですから、努力さえすればどうにでもなりますよ。私は扱う武器のせいもあって、腕力は付きやすいんだと思います。まあ、元々重たいものなんてほとんど無かったんですけど。] 最後の一言には触れない方が良いだろうか。さらりと平然と言ってのけてはいるが、ちょっと…いや、普通に怖いですよ。フィーネさん…。 「えっと、そういえば近距離も出来るって言ってたもんね。ところで武器は何を扱ってるの?」 [おや、気になりますか?] 「え、うん。少し?この先で、もしなんかあった時とかに合わせたりもあるかもだし、事前に聞いておいた方が良いかなぁって思ったんだけど…もしかして、言いたくない?」 多分無いとは思うけれど、魔法が使えなくなったりした際や、魔力の枯渇等を考えると、背中を預ける味方の戦闘方法くらいは把握しておいた方が良いと思ったのだ。 …最もこれは考え過ぎしれないけど。 [いえ、そんなことは。ただ、もっと怖がってしまうかなぁと思いまして。] 「…」 ちょっと待って。俺が怖がる武器って何?え? [その上、私が武器で戦う際は危険なので誰も前衛で戦えなくなってしまうんです…。なので、残念ながら武器同士の併せは少々難しいかもしれませんね。] 「…だ、誰も?待って、ほんと何?なんか聞くだけでも怖いんだけど…」 [ふふっ。普通より長めのただの大鎌ですよ。そうですねえ、もしディル様が悪い事をなさったら…後ろからその首を跳ねちゃう、なんて事もあるかもしれませんね?] 「…まじ、ですか…」 実物を目にしたことはないが、確か大鎌と言えば、二メートル近くもある長い武器で、攻撃手段として使うには重く、隙が出来やすいため、扱いが難しいとかなんとか… てか、普通より長めって何?二メートルでも十分長いってか長過ぎると思うんだけど、それよりも長いってこと?一体どれだけ長いんだ… [んー、正確に測ったことはありませんが、おそらく三メートルほどはあるかもしれませんね。よく周りを巻き込んでしまうので、結構危ないんですよ。] …そりゃ巻き込まれるわなと思いつつ、笑顔で鎌を振り回すフィーネの姿が目に浮かんで、がくっと項垂れた。 こんな華奢な身体で、ほんとにあれを振り回すのか…。 改めて決意しようと思う。端からフィーネを前衛で戦わせるつもりは無いのだけれど、今後も前に出すことは控えるようにしようと。 「…俺、やっぱり頑張ろうと思う。筋トレ。」 [自分磨きは大切ですからね。マッチョなディル様を楽しみにしております。] 「いや、そこはあんまり期待しないで…。そもそも骨格と体型的に、どう頑張ってもマッチョにはなれなさそうだから。」 会話もそこそこに、念の為再度旅の支度を整えて、宿屋を後にするべく立ち上がる。 鍵を返す際、部屋を借りた時同様に、宿主は不思議そうな顔を浮かべていたが、やはり空気が読めるのか、はたまた関わりたくないのか…特に何も言う事もなく、「またのお越しを。」とだけ口にして、俺たちはそれを背に市場へと向かった。 ー
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