第三章

12/31
前へ
/55ページ
次へ
道案内をしてくれるフィーネの後ろをついて行き辿り着いたのは、所謂ハンバーガー屋さんだった。 見る限りはそこそこに繁盛しているようで、人は多く、若者達がキャッキャと楽しそうに談笑しているのが目に映る。 どうやら彼女は俺の為か、若者の向けのお店をチョイスしてくれたようだった。 「わざわざありがとね。」と心の中で呟き、少しの列に並ぶ。 さほど待つことは無くすぐに順は回ってきて、テイクアウト用で店員のオススメのものを二つ頼み、出来上がりを待つべく、近くの壁に背を預けた。 するとタイミングを見計らったようにフィーネから声が掛かって、ん?と視線だけを移す。 [ここで食べて行かれないんですか?]と不思議そうに尋ねる彼女に、「一緒に食べられないでしょ?」と心の中で返して、店員が持ってきてくれた出来たてのハンバーガーを受け取り、お礼を告げる。 紙袋に入ったそれは、食欲をそそる良い匂いを放っていて、温かいうちに食べるべく、足早に人気のない路地へと移動を始めた。 ー [あの、ディル様。前々から思ってはいたのですが、精霊は食事をしなくても何ら問題はないのですよ?お腹が空くという概念は無いので、ただの趣味というか、楽しむ為のようなものなのです。] 路地に入ってすぐ、少し遠慮がちに口を開いたフィーネに苦笑いを浮かべて、やれやれと肩を竦める。 精霊が食事に関して重要視しないというのは、知識として知っていた。けれど、それは大体の精霊は。であって、彼女はそれに該当しないであろう事は、既にお見通しの事である。 なんせ何か食べる際はいつも楽しそうだし、自分の好物と言っていたヘルゥの実を口にした時はなんとも幸せそうな顔を浮かべていたのは記憶に新しいからだ。 それらの様子から、きっと食べる事自体が好きなのであろう事は一目瞭然で、想像に容易かった。 何をそんなに遠慮する必要があるのかとは思うが、女の子は食に関しては、何かと気にしやすいのだと以前読んだ書物に書いてあった為、特に何も言わずに返す事に決める。 (うん、それは分かってるんだけど、一人で食べるのってちょっと寂しいじゃない?折角だから俺に付き合ってよ。) […お気持ちはとても嬉しいのですが、今この時だけは、ディル様の思考を読める事を恨めしく思いますね…] (…あ、ごめん。つい。けどさ、ほら。俺は好きだよ?よく食べる女の子。) […そうですか。これを狙ってやっている訳じゃない所がまた余計に恨めしい限りですけどね。] 「…どんだけ恨めしく思われてんの、俺。」 思わず小声で呟くやいな、ふと横に並んでいたフィーネが足を止めた事に気付き、後ろを振り返った。 何処か考え込むように眉を潜めている彼女に、そんなに難しい質問だったか?と考えて、首を傾げる。 いや、恨めしいって言ったのフィーネ自身なんだから、そんな顔をしなくても… […その事じゃありません。折角の美味しいものをこんな薄暗いところで食べるのは、味気がなくなってしまいますから、もっと明るい所へ行くべきだと考えていたのです。] 「え?あー、まぁ確かに出来ればその方が良いだろうけど、難しいでしょ?俺、本当にフィーネと食べたいなって思ってるし。」 こんな街中の人目につかないところと言えば、それこそ宿屋の個室とか、こういった路地裏くらいしか思い付かない。が、わざわざ一度出た宿屋に戻る訳にも行かない為、こんなところに来たのだ。 景色による雰囲気…?そんなのは諦めるしかないだろう。 […そうだ。少しの間失礼致しますよ、ディル様。お口はちゃんと閉じていて下さいね。] じっと見ること数秒、彼女は思い付いたように口にして、俺の背後へと行き、後ろからまるで抱き着くかのようにその腕を回してきた。その突然の行動に、脳の処理が追い付かず、驚きに身体を跳ねさせて、ぎょっとする。 (な?!え。ちょ、フィーネさん?待って、なにして…) [行きますよっ] フィーネの掛け声と同時に、ぐいっと身体が引っ張られるのを感じて、足が地から離れたのを目にした。 完全なる不意打ちの出来事に、思わず「うわっ」という驚きの声を漏らしたが、幸いにもその声量は小さいもので収まったようで、慌てて荷物を持っていない方の手を使い、自身の口を抑える。 「ッ…人に見られたらどーすんだよ!こういうのは先に言え!てか、人を軽々と持ち上げるな!…ちょっと傷つくんだから!」と思った色々を心の中で叫びつつ、ビュンっと飛び上がった事により、見えた景色にこくりと喉を鳴らす。 目に映る人々の姿はどんどん小さくなっていき、空は近くなる一方…。 普段は見えない場所から見る街は、全然違う場所のようにも見えて、「まじですか…」と小さな声が漏れた。 トンっと靴音を立てて、フィーネが降り立ったのはこの港町で一番高さのある建物の屋上らしき場所で、ようやく足が地に着いたことにほっとする。 驚きのあまり無意識のうちに止めていたのだろう息をふぅと吐き出して、じろりと後ろを振り返った。 「…あの、フィーネさん?」 [大丈夫ですよ。風の力で早く上がって来ましたから、人には見られていません。] 胸を張り断言した後、くすりと笑う彼女は、何処かしてやったりの表情を浮かべていて、事前に言わなかったのはわざとだったのだという事を察する。おそらく、先程の仕返しみたいなものなのだろう事に気付き、開きかけた口を噤んだ。 「…」 というか、まじで女の子に持ち上げられちゃう男ってどうなの…? [んー。おそらく、ディル様くらいだと二人同時にでもいけちゃいますから。悲しくなるだけ無駄だと思いますよ?] 笑うフィーネに、がくりと項垂れて、こればかりはもうどうにもならないのだということを知った。 少なくとも、俺が軽いという訳ではない。そもそもの問題で、彼女が規格外なだけなのだと自分に言い聞かせる事で、なんとも言い難いこの気持ちに蓋をした。 「…お昼にしよっか。」 ー
/55ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加