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あの後、まるで何事も無かったかのように、たわいない会話をして、父は母の元へと去っていった。
いつまでも気まずいのは嫌だし、そうなる様に仕向けたのである。勘の良い父のことだ。そんな俺の気持ちを組んだのだろう。
閉じられた扉を見て、はぁと一つ息をつく。そのまま身体を倒し、ベッドへと寝転んだ。色々な情報が一気に頭に入ってきて、少し整理が必要だなと目を閉じる。
今回の話を聞いて分かったこともあった。三年前、俺が10の誕生日を迎えた時、父が護身用にとプレゼントとして渡してくれた“銃”についてのことだ。
世調和により、昔よりは平和になりつつある世界だが、未だ問題はある。身をもって経験した父だからこそ、考えたのだろう。たとえ平和でも、何かあった時の為に戦う術を、と。
渡してくれた当初は、深い意味なんて考えようともせず、ただ喜んだ。
「かっこいい!俺も父さんみたいになれる?」と。
父は目を細めて返した。
「そうだろ、カッコイイだろ?でもな、忘れるなよ。これは、誰かを傷付ける為の道具でもあるんだ。」
あれはもしかしたら、俺だけじゃなく自分にも向けた言葉だったのかもしれない。
それから俺は、父に銃の扱いをみっちりと教わり、人並以上には扱えるようになった。近距離は不利だからと、ナイフの扱い方までも。
万一に備えて準備することに越したことはないと思うけど、父さんはさすがにちょっと気にしすぎなような気もする。俺には魔法もある訳だし…。ああでも、こっちでは使っちゃいけないんだったか。それにしても、うーん…
まあ、覚えておいて損になるものではないし、良しとするべきなのか。
いずれにせよ、これらの出番が来る時がない事を願うばかりだった。だって、きっとこれを使うってことは、誰かを傷付ける時なんだと思うから…
ー
カーテンの隙間から入る光が眩しくて目を開ける。どうやら俺は、考え事をしながら寝落ちしたようだった。何だかあまり寝た気がしないが、自業自得なのでこればかりは仕方がない。
「…今、何時?」
寝起きの掠れた声で呟き、壁にかけられている時計を目にやる。そして、針が指す時間を見て飛び起きた。
「え…。は?!」
いつもであれば、とうに学校へと家を出ている時間に眠気が吹き飛ぶ。
いやちょっと待って。なんで誰も起こしてくんないの…?
机に出しっぱなしにしていた課題をスクールカバンに突っ込んで、慌てて私服へと着替える。ドタドタと忙しなく、洗面所へ向かい、ぱっと身支度を整えた。ちらりとリビングを覗いてみるが誰もいない。というか、カーテンすらもあいてない。つまり、誰も起きていないのだ。
「…揃って、寝坊助かよ。」ぽつりと呟いて気付く。
いや、違う。いつも早くに起きているはずの母さんが起きてないのは、今日父さんが休みで夜に色々あったからだと思い出した。なんせ昨日、父が自分で宣言してたし。
こういう日に限って寝坊とは…俺は本当についてない。
シャッとカーテンを開けてから、誰もいないリビングに向かって口を開く。
「行ってきます。」
ー
俺が通っている学校があるのは中心都市だ。住んでいる家があるのは都市の隣町なので、“ハイレール“と呼ばれる自動で動く箱型の乗り物に乗って向かっている。家からハイレール乗り場までの距離は近いので少し走ればすぐなのだが、問題は中心都市に着き、ハイレールを降りてから学校までの距離だった。
「なんで学校の近くに乗り場を作らなかったの…」
いつもは散歩がてら、街の景色を見つつ学校に向かう時間なのだが、今日は全くもってそんな余裕はない。走ろうにも普段より出た時間が遅いせいか、行き交う人々の数も多く、中々前に進めずにいた。さすが中心都市と言ったところか。
このままのペースだと遅刻は確定…。今まで皆勤だった身としては、寝坊ごときでそれを無駄にはしたくない。
「…仕方ないか。」
人の間を縫って、薄暗い路地に入る。普段なら絶対に使わないのだが、今は緊急事態だ。ここなら走れるし、学校までの距離も近くなる。背に腹はかえられないと、駆け始めた。
自分で言うが、俺は父さんと違って真面目な部類だ。勉強も嫌いではないし、成績もそこそこ上位で、先生方からの信頼も厚い。…信頼については、そうなるよう行動した訳だが、それにはもちろん理由がある。
学校を卒業したら、俺はローガス社に務めようと思っていたのだ。信用を得たのは、その布石。
大企業のローガス社に入れれば、将来は約束されたも同然。なぜなら、此処に存在する機械全てが彼らが手掛けたもので、万一にもなくなるなんてことが無いからだ。父さんも母さんもきっと喜んでくれると思っていた。昨日の、あの話を聞くまでは。
思わず、脚を止める。
…もしかしたら父は、いや。もしかしなくても、喜ばないかもしれない。
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