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[…ここはっ、わた…しの家、です。]
はっと手元を見る。そうだ、確かこの子が光って…
というか。
「待って、先に治療する。少しじっとしてて。あー…あと、出来ればこれから見る事は他言しないで欲しい、です。」
家ということは、隔離された空間だ。他に人の気配はない。今のうちに傷をふさいでおくべきだろうと判断。
小さな羽の子がこくりと頷いたのを見て、手をかざし口を開いた。
「かの者に癒しを与えん。」 “ヒール”
先程の男達にやられたのだろう切り傷や、擦り傷はみるみるうちに塞がった。傷自体を完全に消してあげることは出来ないし、痛みも少し残っているだろうが、これで万一ということはなくなるだろう。とりあえず、間に合ったことにほっと一息ついた。
[ありがとう、ございます。]と小さく呟いた羽の子に「どういたしまして。」と返す。
この場所に俺を連れて来たのは、間違いなくこの子なのであろう。
出来れば、今すぐにでも説明をして頂きたいところではあるが、さすがにそれは可哀想かなと口を噤む。こんな小さな身体であれだけの傷…結構な血を失っているはずなのだ。多分、今意識があるのが不思議なくらいには。
「少し、休んだ方がいいよ」
[ですがっ…]
「大丈夫。適当に時間でもつぶして待ってるから」
ー
申し訳なさそうに眉を下げる羽の子を半ば無理やり寝かせ、再度辺りを見渡した。主に木がメインの建物で、家具も木製のものばかりだ。部屋は綺麗に片付いていて、置いてあるものは少ない。必要最低限のものしか置かないタイプ…かな。
見た感じ、このリビングにあたる部屋とその隣にある寝室しか部屋数はないようだ。…おそらく、一人暮らしだろうか。
散々部屋を見てからふと気付く。女の子の部屋をあまりじろじろと見るのは良くなかったかな、と。
先程ちゃんと声を聞いて気付いたのだが、どうやら羽の子は女の子のようだった。性別…というのがあるのかは不明だが、多分間違いないと思う。部屋には可愛らしい時計や花が飾ってあったし。って、あれ…?
そこで、ようやく違和感に気付いた。
どれもこれも、あの羽の子には大き過ぎるのだ。ここは普通の人間が暮らしているような空間で、とてもあの小さな羽の子が生活しているとは言い難い…というか、有り得ないレベルの話だと気付く。コップ一つ持つのだって、あの大きさからいけば重労働になりかねないだろう。
だが、彼女は確かに言っていた。「ここは私の家だ」と。
うーん、と考えてみるも、情報が少なさ過ぎてさっぱりだった。
「…起きたら、それも含めて教えて貰えるのかな」
家主が寝ている部屋でただ待っているのはさすがに暇だし、かと言って余計な事をするのは気が引ける。とりあえず、外に出てみるか…と掛けていたイスから立ち上がった。あの様子だと暫く起きることはないと思うし、念の為にあの男達が追ってきていないかも確認する必要があるだろう。
経験はないが、知識くらいはある。ここに来る直前に感じた浮遊感は、おそらく移動系の魔法によるものだろう。
空間を移動する魔法は、その移動距離に応じて使う力の量が全く違う。あんな傷を負い、体力を消耗していた小さな羽の子が、そこまで遠くに飛んだとは考えにくかった。つまり、中心都市より比較的近くに居るはずだと予想する。
だとすると、男達もまだ近くにいる可能性があり、警戒するに越したことはないだろうと判断した訳だ。
…両手が空いている今なら、十分に戦えるしね。出来れば会いたくはないんだけど。
だが、そんなものはただの杞憂に終わることとなる。
玄関と思しきの扉を開けて、呆然とした。
「は?」
有り得ない、光景。まるで夢でも見ているのかと思うくらいに。
「…アル、カ…?」
目の前に広がるは、緑。見渡す限り全てが木で、自然が枯渇しているサイレではまず有り得ない光景だった。つまり、考えられる可能性は一つ。ここがアルカということだけ…
「いやいやいや…。嘘でしょ?」
いくら世界が戻ったとはいえ、サイレの中心都市からアルカへ行くには、ハイレールと船を使わなくてはならない上に、半日以上の時間がかかる。その距離を一瞬で魔法で飛んだということは…。あの羽の子の力はとんでもないということになる。 …いや、だから狙われていたのか…?
「まじかよ…」と力なく呟いて、その場にしゃがみこむ。
まさか、こんなに遠くに来ているとは微動も想像していなかったのだ。
男達が追ってこないのは良いとしても、一体どうやって帰る…?
もう一度魔法を使ってもらうというのは、まず無いだろう。つまり、自力で帰るしかない。道は人に尋ねるとして、お金…そんなにあったかな…と自分の財布を思い返す。記憶上、多分…いや確実に足りないが、そこはもう現実逃避する他なかった。
「足りますように。」
はぁ、と思わず深い溜息。
朝から色々あり過ぎるだろ…。なんつー濃い日だよ…
寝坊に遅刻に追い回された挙げ句、アルカに来る、なんて。
暫くは家に帰れそうにないなと苦笑いを浮かべる。学校は無断欠席。今頃母さん辺りに連絡がいっていそうだが、何も言わずに、というか、言えずに此処にいるのだ。心配してるだろうなと目を伏せる。残念ながら連絡手段は持ってないので、どうしようもないのだが。
父さんが取り乱して、捜索願いとかを出さない事を願うばかりである。
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