第一章

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さて、と。起こってしまった事は仕方がない。いつまでもこうしている訳にもいかないので、気持ちを切り替えて立ち上がった。 「探索でもするかな…」 寝坊のおかげで朝ごはんを食べ損ね、あんなに路地を駆け回ったのだ。さすがにお腹もすいた。 幸いな事に、どうすれば迷子にならないかとか、どれが食べられる木の実なのかとかは以前読んだ本に書いてあった為、知識として頭の中に入っている。こういう時ばかりは、父の記憶力の良さを受け継いだ事に感謝する他ない。 ぱっと広げた右の手の平に、魔法を使用する際に必要な精霊の力を集める。 集めた力を圧縮するように丸め、翠色の小さな球体を作り、それを小さな羽の子宅の玄関扉前にそっと置いた。これは自分が知っている迷子防止方法の一つである。 自分の出した魔法の力は、何処へ行こうが分かるようになっているのだ。つまり、どんなに離れていてもこの力を辿れば、ここに戻ってこられるという仕組み。と言っても、込めた力の量によって、この球体が残る時間が限られているので、無限に迷子にならないという訳ではないのだが。まあ、小一時間くらいは余裕で持つ事だろう。 ここはほぼ間違いなくアルカなので、魔法を使用してもなんら問題はないと考えてのことである。人目を気にせず魔法を使えるというのは、結構楽なものなのだと痛感した。 どうして父さんと母さんはわざわざサイレに住むことにしたのだろう?…まあ向こうは向こうで、その分移動とかで便利なものが沢山あるけれど。 「…両方使えたら、便利なのになぁ。」 そう思うのは、欲張り…なのだろうか。 ー 何が何処にあるのか、全くわからない俺は、とりあえず当てずっぽうに歩く事にした。 まだ俺が小さかった頃、アルカに旅行へ来た際に母に言われた覚えがある。「森の中は一度入ると中々出られなくなってしまうから、絶対に入ってはいけませんからね。」と。 なるほど、これは確かに迷子になるわな。と苦笑いを浮かべた。どこを見ても続く同じ景色に、方向感覚が分からなくなる。下手をすれば、同じ場所をぐるぐる回りかねないだろう。無駄に体力を消費するのは御免なので、魔法が使えて良かったと心底思った。 羽の子の家から少し歩いた先、ようやく実の成っている木を見つけ、その根元へと近付く。 手を伸ばすだけで届きそうな位置にあるのは、もも色の楕円の形をした実。確かあれは、ラピチェの実…だったか。 見た目の通り、味は甘酸っぱく柔らかい。生でもいけるが、火を通すと酸味が消えて更に甘くなるとかなんとか。 案外早くに食材が見つかって助かったと、手を伸ばす。熟した実のひとつを取って、すぐさまそれを口元へ運んだ。 「あー…うま。」 程よい甘さと酸味が口いっぱいに広がり、空腹を満たしていく。 自分が思っていたよりも、随分とお腹が空いていたのかもしれない。ペロリと三つほど完食してしまい、はっとした。 眠っているとはいえ、一応待っている人(?)がいるのだ。呑気に食事をしている場合では無かったなと反省する。 いくつか持って帰って、あの羽の子にも食べて貰うべきだろうと判断し、再びラピチェの木に手を伸ばした。 「グルルッ…」突如背後から聞こえた唸り声に、ふむと思考する。 あー、そういえば言っていたっけ。森へ入っては行けない理由の二つ目…「アルカでは自然豊かな分、サイレより魔物が多いのよ。特に森や山は魔物が好む場所だから」とか。 もう少し早くに思い出すべきだったな、と自分の行動を悔やむが、見つかってしまったものは仕方ない。 木へと伸ばしていた手を戻し、後ろへと振り返る。どうやら食事に夢中になっている間に、集まって来ていたようだった。 四足歩行の耳の長い茶色の生き物…確か名は、ウルフ。 こちらから見える限り、その数は三体だ。この程度なら俺一人でもいけそうである。 だが、これ以上数が増えるとさすがに厄介だ。増える前にさっさと終わらせるべきだろうとホルスターに手を伸ばして、ふと止まった。 …ここで銃声は響き過ぎる、か。 耳が良いウルフが他に集まってくる可能性を考えると、銃での戦闘は得策ではないと思考。なら、今の最善策は…と、ナイフに手を掛け口を開いた。 「旋風よ、舞い上がれ」 “ヴォルテック” 風が舞い、ウルフ達は宙に上がる。それと同時に地を蹴り、間合いを詰めて右手のナイフを振った。空中で動けない敵へ狙うは喉の一点のみ。 ドサッと音を立てて倒れたウルフ達に息が無いのを確認し、ナイフを仕舞う。 散々、父の事を気にし過ぎだとか思っていたが、こんな所で役に立つことになるとは。 「いや、教わってて良かったわ…まじで。」 銃しか知らなければ、数が増えて殺られていたかもしれない。自然って、怖…。 因みに言わずもがな、俺に魔法の使い方を教えてくれたのは母さんである。ただ、母さんとの相性が最も良い精霊は闇属性で、俺は風属性の為、教えて貰えたのは基本中の基本となる魔法だけだった。攻撃魔法なんて実は二つしか知らない。 俺も使える回復魔法については、全てが無属性にあたり、なんらかの精霊と相性が合っていて、且つその力をコントロールさえ出来れば、誰でも無条件に使えるとのこと。もちろん、力の大小は人によるので、どこまで治癒術を使いこなせるかは、その人次第になるようではあるが。 「俺と相性の良い精霊さんも、まじありがとう。」 力を借りてはいるのものの、実際に精霊を目にした事は一度もない。何でも、昔は姿を見せてくれたりもしていた事もあったが、今現在はめっきりなんだとか。 それなのに勝手に使って大丈夫なのか?と思うことはあるけれど、背に腹はかえられないので、せめて使った時は感謝の気持ちを忘れないようにしたいと思っている。 うん、ほんとに感謝。滅多に使う機会はないけど。 というか、この相性云々って途中で見限られる事なんかもあるのだろうか? あったら困る、非常に困るんたが…。せめて家に帰るまでは見限らないで頂きたい。まじで頼むよ、切実に…。
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