第一章

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[…私(わたくし)、そんな薄情ではありませんよ?] 「うん、けどさ。知らず知らずのうちに嫌な事とかしてたら、お前に力は貸さん!ってなるかもしれな…ん?」 とても自然に返ってきた回答に、思わず答えて気が付いた。今、俺は口に出していたのだろうか? というより、一体…誰? 声のした方を振り返る。すると同時に、強い風が勢いよく吹き抜け、反射的に目を閉じた。木々は揺れ、木の葉が舞う。少しすると、まるで先程の風が嘘のようにしんと静まり返り、おそるそる目を開けた。 ラピチェの木を挟んだ少し奥、先程までは居なかったはずのその場所に、綺麗な…いや、神秘的なという言葉がぴったりの女性が一人、こちらを見ている。 「えっと。どちらさま、ですかね…?」 どうやら、この女性が声の主なのだろう。澄んだその瞳に、ん?どこかで見たような…と思考を巡らせた。 [ふふっ。分かりませんか?] 「…あぁ、やっぱり会ったことあります?ちょっと待って下さいね。今思い出すんで…」 スラリと女の人にしては高い身長に、腰辺りまでありそうな長い翠色の髪。白のロングワンピースがよく彼女に合っていて、うーんと頬を掻く。いや、こんな綺麗な人だったら忘れる筈がないんだけど、なんかこう…違う?ような…。 悩む俺が面白かったのか、クスクスと笑う彼女。出て来そうで出て来ない答えに、後ちょっとなんだけどなと苦笑いを零す。 翠色の目…。つい最近見た…?あ、れ…? 「ま、まさか…」 辿り着いた、一つの答えがあまりにも非現実的で思わず吃る。いや、でも…。多分、間違いないという何の根拠もない確証はあった。 [はい、そのまさかです。先程は助けて頂き、ありがとうございました。ディル・ストリー・シラス様。] 「…」 まじ、か。 開いた口が塞がらないというのは、本当にあるらしい。今、身をもって体験している。というより、え?ここまでいくとちょっと怖いんだけれども… 「なんで、名前を…?」 [もちろん存じておりますよ。だって私は、貴方の力の源ですから。] 彼女の言葉を理解するのに数秒…。そしてその意味を理解した途端、思わず叫びそうになり、慌てて口を抑えた。 要するに、彼女は俺が助けたあの小さい羽の子であり、且つ俺に力を貸してくれている精霊様…ということ。 そんな事ある?っていうか、姿も見れちゃったぞ、良かったのか…? 何より、精霊が人型である事に驚きだし、いくら力を貸りているからと言えど、フルネームを知られている事にもびっくりだ。なんかこう…個人情報も何もあったもんじゃないような気がする。 [ふふっ。疑問には、一つずつお答えしていきますね。 あの姿は仮の姿だったのです。逃げ隠れするには小さい方が便利でしたので。それぞれの精霊にもよりますが、型はさまざま。人型や妖精型、動物型など色々ございますよ。因みに私は見ての通り人型にあたりますね。 次に、その個人情報とやらについては、仕方ないと諦めて下さい。我々精霊側としても、名前も何も知らない人間に相性云々と言われても、力を貸すことは出来ないのです。というか、貸したくもありません。相手を知った上で手を貸す、ギブアンドテイクというものですよ。] 長々と返ってきた答えに、思わず自分の手を見た。うん、ちゃんと口を抑えたまま、だ。手を戻し、視線を彼女に移す。念の為、聞いておくべき事だろう。答えはもうわかっているも同然だが。 「…あの、今俺声に出してました?」 [いえ?] 「…」 どうやら個人情報漏洩だけではなく、プライバシーもないらしい。最初に、答えが返って来たのも、俺が口に出していた訳ではなく、思考が読まれていたという事だろう。勝手に力を使ってた以上、あまり文句は言えないが、なんというか、こう…複雑な気持ちではある。 [読み取れるのはあくまで、近くに居る時だけですからご安心を。距離が離れていれば、流石に思考までは分かりませんよ。] にこにこと笑う彼女に、距離の問題ではないのだが、と突っ込みを入れようとしてやめた。多分、それが当たり前となっている彼女に、こちらの思いを伝えるのは難しいように感じる。清く諦めるしかないのだろう。もう、どうしようもない。 「…そう、なんだ。ところで、傷はもう大丈夫、ですか?あまり時間は経っていないような気が…」 真っ先に聞くべき事はこれだったなと反省。 理解の及ばない事がありすぎて、上手く頭が働いていなかったのだ。…ただの言い訳にしかならないだろうが。 気の使えない男でごめんなさい。 [精霊は自己再生能力が人と違って高いので、何の問題ありませんよ。ディル様が治癒して下さいましたしね。お陰で、もうすっかり痛みもなくなりました。] 彼女の返答に少し驚きつつもほっとする。 「それなら良かった…」 立って歩いているという時点で、ある程度は回復したのだろうということは分かってはいたのだが、さすがに痛みまでどうかは読み取れなかった。無理してここまで来ていたというのなら、申し訳なさ過ぎるが、にこにこと笑っているんだし、本当に大丈夫なのだろう。多分…。
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