記憶を取り戻しました(シナリオ外キャラつき)

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記憶を取り戻しました(シナリオ外キャラつき)

「やあやあアデリナ。アデリナ! 起きてくれないかなあ、君が開けてくれないと、僕は部屋に入ることもできなければ、君に贈り物を授けることもできないんだからさあ!」  ガンガンガンガンッという不快なドアを叩く音と一緒に、名前を呼ばれたことで、私はバチッと目を覚ました。  アデリナ。アデリナ・ブライテンライター。それが私の名前だった……はずだ。  分厚いドアが、なおも叩かれる中。  私は私の記憶をノックしていた。  たしか……私は『ローゼンクロイツの筺庭(はこにわ)』で遊んでいたはずなんだ。 『ローゼンクロイツの筺庭』は、ブラックな作風で有名なレーベル、ブラックサレナが放つ最新乙女ゲームだった。  二股オッケー。ライバルを陰謀でハメて追い出せ。乙女ゲームの主人公になんちゅうことを推奨するんだというゲームだけれど、乙女ゲームの主人公は真っ当が過ぎる精神だった。  ゲームの舞台になる全寮制学問所、一見すると各国から貴族の子息令嬢に一流の教育をという触れ込みだけれど。裏ではこの世界の社交界を牛耳っている秘密結社と繋がっている。この学問所に社交界デビューを控えている子息令嬢を集めて、その秘密結社とズブズブな関係にしてしまう総仕上げが行われているのだ。  主人公は秘密結社によって滅ぼされた村の生き残りで、その秘密結社を危険視している教会から、身分と名前を偽って送り込まれてくる。真っ当な攻略対象たちを味方にして、この学問所の最終日に、秘密結社に戦いを挑む……というのが、学問所でのラストだ。  ……一応恋愛もときめきもあるはずなのに、概要だけ聞くと本当に乙女ゲームかどうか疑わしいな。さすがブラックサレナ。  私は何周も何周もプレイして、時にはハメられて攻略対象を寝取られたり、時には上手い具合にハメてライバルキャラを次から次へと学問所から追い出したりして、ゲームクリアに勤しんでいた。  ……死因はたしか、その日完全クリアして、友達に自慢しようとベランダで電話してたところで、マンションの上階から鉢が落ちてきて、打ち所が悪かったんだったと思う。たしか。 「アデリナー! アデリナー!」 「ああんもう、静かにしてくれませんかっ!?」  私は思わずドアの向こうに怒鳴り返した。  ……ああ、そうだ。私。死んで生き返ったら、この世界で貴族令嬢やってたんだ。  今、ゲームの本編が開始する入学式前じゃん。  寮のある敷地に、一戸建ての屋敷で寝泊まりしているんじゃない。  私はゲームの内容を思い出して、だんだん背中が冷たくなるのを感じていた。  ……ぶっちゃけた話、うちの家もその秘密結社とズブズブに取引している家だ。爵位だって、金で買ったような新興貴族だ。  はっきり言って、復讐と革命に燃える主人公は美しいし、真っ当に世界を変えようとする攻略対象たちは美しい。ええ、はっきり言って美しいし、どれだけゲームしながら「頑張れ」と応援したかわからない。でも。  主人公たちが革命を成してしまったら、実家が没落するんですけど!  ええ、ええ。国家を揺るがすような秘密結社の資金源なうちの家が、革命後も平和に貴族生活やれる訳ないじゃないですか!  困るんですけど! 実家没落したら、困るんですけどー!  実家には病弱な母と、まだ家督継ぐ年齢じゃない弟がいるんですけどー! 「どうかしたのかい? 体の具合でも悪いのかい? すぐにメイドを呼ぼうか!?」  そもそも誰だよ、さっきから仮にも貴族令嬢の部屋に入ろうとしてる奴は!?  少なくとも、アデリナは攻略対象以外の男は、虫けらか炉端の石くらいにしか思ってない奴だったはずだぞ。だってアデリナの実家、お金はあっても身分は低かったから、身分の高い男に取り入って爵位が欲しかったんだし。  だんだん頭がはっきりしてきたので、ようやく私はベッドから起き上がった。  着ているのはネグリジェだ。こんな格好で男を入れる訳にもいかないから、上着を羽織ってドアを開けた。  そこに立っていたのは、金髪の癖毛に、琥珀色の瞳は好奇心で揺れている。さっきまでの心配の台詞はあくまで演技で、テンション高く声を上げていたところが本性なんだなあと思う。  誰? と一瞬私は思ったものの、すぐに気を取り直した。 「ちょっとジュゼッペ。静かにしてくださる? 幼馴染みだからって、声が大き過ぎるのは困るわ」 「はっはっは……やあっと開けてくれたね、アデリナ! 君の喜ぶものを遂に遂に完成させたのさあ……!」  だから、なんなんだこのテンション高い男は。  私は目を細めて、ジュゼッペという名の男を睨んだ。しかし残念ながら、アデリナは金髪の巻き毛だけが自慢で、胸はペッタンだし身長も高くないしで、威厳たるものがないのである。  仕方なく私は彼を自室に入れた。 「騒がしくしたら、即刻追い返しますわよ!」 「はっはっは、わかっているさ。君が嫌がることを僕がしたことがあるかね!?」 「現在進行形でしていますわよね。これ以上私をからかわないでくださる?」  ジュゼッペはアデリナの幼馴染みらしいけど。  この人ゲームにはいなかったはずなんだよなあ。頭を探ってみても、このジュゼッペがとんちんかんな実験と冒険を繰り返す、訳のわからない貴族だということ以外思い出せない。そもそも、ゲーム本番前になんの用だ。  私はじろじろとジュゼッペを見たところで、彼が持っていた鞄に目が留まった。  分厚い各鞄を開くと、中身を見せてくれた。  そこには大量の小瓶と、中に液体が入っているのが見える。 「遂に遂に、完成したのさ! 君が欲しがっていた、あ・れ・が!」 「……もう、もったいぶらずに、さっさと用件を言ってくださる?」  アデリナの設定を思い返して、私は「ん?」と思った。  小瓶に、液体。なあんか、見覚えがあるんだよなあ……でも、ゲーム内で主人公が攻略対象たちを落とすために使っていたものの中には、小瓶に入ったものなんてなかった気がする。  ジュゼッペは、にこにこにことしながら、小瓶を振った。  中の液体はとろみが強く、振るとタプンと音を奏でた。 「媚薬だよ、び・や・く。これでこの学問所の一流貴族を落とすんだろう? 僕は実験のパトロンが欲しい。君は実家の後ろ盾が欲しい。共に学問所の覇者となろうと誓ったじゃないか!」  あ、思い出した。  アデリナは、『ローゼンクロイツの筺庭』における、悪役令嬢だ。  主人公が攻略対象を落とそうとすると立ちはだかり、「金髪の悪魔」「陰険ドリル」「どうしてこいつを殺せない」という苦情とヘイトを一身に受けた、この悪役令嬢の得意技は。  ……好感度管理に失敗した主人公から、ことごとく攻略対象を媚薬を盛って寝取る、ハイパー腹立つお嬢様だった。  お前かよ、アデリナの盛ってた媚薬の出所は!?  まさか一度死んで、ゲーム中でも特に語られなかった設定を知り、私は脱力した。
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