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アンドレーエ学問所(陰謀につき)
私は見てくれだけだったら、どう見ても蜂蜜にしか見えないそれを、じっとりと眺める。
媚薬。十八禁シチュエーションだったら定番中の定番だけれど、これそもそも効くの。そもそもアデリナの体型は、ロリ顔ロリ声ロリ体系の三重苦で、たしかにこんなもの使わなかったら妹認定で終わってしまいそうではあるけれど。
しかししかし。
思い出してしまった以上、私の行動方針を考えないといけない。
ゲーム内容は、期限は一年。特待生に昇格する条件を、主人公が満たさないといけないのだ。
このアンドレーエ学問所で、特待生になる条件は三つ。
ひとつ、この学問所で成績優秀、文武両道であること。
ひとつ、倶楽部活動に励み、交流関係が豊かであること。
そして、このゲームのシナリオに関わる最後のひとつ。
この学問所で既に特待生入りしている生徒たちの、過半数から支持を得ること。
ぶっちゃけた話、このゲームが二股も三股も推奨しているのは、この投票制度が物を言っている。世の中の女性陣、推し以外の恋愛シナリオ読みたくない人多過ぎる上に、逆ハーレムにアレルギー反応起こす人だっているもんだから、ゲームのシステム上、逆ハーレム推奨するというのは鬼畜プレイだ。なんちゅうこと推奨しとるんじゃ、ブラックサレナは。
で、話を戻す。
もし主人公が逆ハーレムを形成し、特待生になった暁には。
好感度一位が彼氏となり、この学問所を巣くっている秘密結社に反旗を翻す。
攻略対象は実家がどこもかしこも社交界で物言えるポジションの家ばっかりだ。そんないいところの御曹司と、教会をバックに付けている主人公が反逆を起こしたら、当然ながらそこのスポンサーやっている貴族は根こそぎ没落する。うちも没落する。
悪徳貴族は皆滅んで、めでたく癒着でギトギトになっていた社交界は浄化される……んだけど。それが困るんだってば。
逆に言ってしまえば、主人公が逆ハーレムを形成できないよう、私は攻略対象たちを落とさないといけなくなるんだけど。
だけど。ええっと……。
……逆ハーレムなんて、荷が重いです。はい。
ゲームだからできるんですけど。そもそもゲームでも好感度計算に失敗して、何度修羅場迎えたかわかんないんですけど!
その間にライバル令嬢たちに、攻略対象ほいほいとかっさらわれて、過半数の支持得られず除名処分食らったんですけど!
無理ぃ、私のヘボプレイだと無理ぃ……!
媚薬ひとつで立ち回るなんて絶対に、無理ぃ……!
「アデリナ? 本当に大丈夫かい?」
私がひとりで百面相やっている間も、何故かずっと部屋に残っているジュゼッペは、好奇心旺盛な顔で、私を見てきた。
……ヘボプレイヤーの私が、唯一読めないのは、ゲームに登場してなかったはずの、この幼馴染みなんだよね。そもそもこの世界で生活していたアデリナの記憶を読んでいる限り、彼は錬金術をほいほい使っていて、明らかに教会の敵……つまりは、秘密結社側の考えなのよね。
……彼を、味方にしてみる?
どうせうちが没落するんだったら、ジュゼッペの家も没落するわよね? だって、秘密結社と癒着ずぶずぶな貴族は、根こそぎ没落するんだし。
「……ね、ねえ。ジュゼッペ。さっきまで私、眠っていたんだけど」
「ははは、君が昼寝が好き過ぎて家庭教師が来てもなお眠ってるもんだから、鞭打ちの刑になっていたことなんてよーく知ってるさっ!」
こいつ、わざと私を怒らせることばっかり選んでしゃべってくるな!?
私はイラッとしながらも、気を取り直して言ってみる。
「怖い夢でしたの。学問所が、崩壊する夢。なんだか怖いわ、明日から入学式なのに……」
私はちらっとジュゼッペを見てみる。
攻略対象たちみたいにきらびやかな顔面ではないものの、彼もなかなかに見られる顔なのだ。ただ、普段からあまりにも腹立つ言動とオーバーリアクションのせいで、顔面見てもイラッとするばかりなだけで。
普段のジュゼッペだったら、「君ってば素行が悪いばかりに夢の中で罰がくだるんだねっ!」とまたも腹が立つようなことを言ってくるはずなのに、彼と来たら、私のくるくる巻き毛に指を突っ込んできて、指でくるくると回してきた。
……なんだ、このシチュエーションは。
「どんな夢だったの? 君のことは嫌いじゃないし、できる限り悪夢から遠ざけてあげたいけど」
なんだ、この乙女ゲームみたいなシチュエーション。
乙女ゲームだったわ、ここの世界は。
それはさておき、どういう風向きなんだろうと思いながら、私はできる限り言葉を選んだ。
「学問所がね、秘密結社の巣窟だから、ここは壊さないといけないって、教会が押しかけてきますの。なにもかも滅茶苦茶になって……皇帝により、私たちの家も没落してしまいますの……秘密結社ってなにかしら? 教会が怒るって、そんなにひどいことをしていましたの?」
「……ふうん」
一瞬だけ、ジュゼッペの声は低くなったものの、すぐ私の頭をペチコンと叩いた。
「うん、君の気のせいだろうね! とにかく、家のために僕らの未来のために、頑張って男を落としてくれたまえよっ!」
「ねえ、ちょっとお待ちくださいな。これって」
このまま帰ろうとするジュゼッペの腕を捕まえて、私はタプンと小瓶を振る。
「媚薬って、どこまで効果ありますの? これを使って獣になった男に襲われるなんて、怖いですわ……」
私は大きく首を振った。
そう、そこが一番大事。いくら陰謀劇とはいえど、攻略対象たちの気を引かないといけないとはいえど、何度も何度も襲われるのは、はっきり言って怖い。
ぶっちゃけアデリナも私も、まだ処女なのに、家のためにビッチになれというのはひど過ぎやしないか。
それに、ジュゼッペは「あははっ!」とまたも腹立つ笑い方をしてくる。
「大丈夫大丈夫、これはちょーっと興奮するだけの惚れ薬さ。飲んだあとに真っ先に見た、目の前の相手が素敵に見えてしまうだけさ。ただ、その相手を裏切れなくなるだけで」
「……ふうん。じゃあジュゼッペ」
私は幼馴染みの服の胸元に、つーっと指を動かしてみた。
「試しに飲んでくださる?」
媚薬がただ、惚れ薬程度の効力なのかわからないし、副作用があるものを盛るのは気が引ける。つくった本人だったら解毒することも訳ないだろうし。なによりも。
彼だけはゲームの中では見たことがないキャラな以上、明日から本番なんだから、なにもないよりは一枚でも使える手札が欲しかった。
幼馴染みで気心が知れているんだから、確実に味方になってくれる人が欲しかった。
ジュゼッペは何度も何度も瞬きをした。こいつ、また腹立つこと言って逃げようとしたらぶん殴ってやる。そう思っていたけれど、「おやおや、フロライン!」と肩を竦めてきたのだ。
「君は相変わらず、警戒心が強いし僕のことを信じてくれないよねえ……!」
「と、当然でしょう!? あなた、私をさんざんからかってくるんですもの!」
記憶の中でも、彼の実験のせいでさんざんな目に遭い、その度に「もう幼馴染み辞めてやる!」といろんなものを手当たり次第投げては、避けられて、癇癪を起こしていた。
またからかって逃げるんだろうかと思っていたけれど、私の持っていた小瓶の蓋を、口でパカンと開けてきた。
「いいよ、アデリナ。僕だけは君を絶対に裏切らない。君は君のままで、好きにしてくれていいんだよ」
そう言って、さっさと自ら媚薬を一気に呷った。そのあと、私をカッと見開いた。
び、媚薬……効果はあったのよね? それとも、これもっとヤバイものだったのかしら……? 私は恐る恐るジュゼッペを見ていたけれど。
彼はただ、蕩けるような瞳で、こちらを見上げてきたのだ。
「なるほどなるほど。たしかに媚薬は効いてきているね!」
……劇的ビフォーアフター。なんも変わんないじゃねえか。
「ねえ、本当に効いていますのよね?」
「ああ、効いているとも! 不細工で童顔幼児体型の君がとてもとても魅力的に見えるんだから!」
「それ、薬盛る前は童顔幼児体型ドチビに見えてたってことでしょ!?」
「はっはっはっはっ! それじゃあ、明日からは決戦! 共に手を取り頑張ろうではないか!」
「意味がわかりませんわよ!?」
そのままジュゼッペはドアを閉めて、高らかに笑って去って行ってしまった。
……これで、私が寮に男を連れ込んでいるなんて悪い噂が流れたらどうしよう。心配するところはそこじゃないけれど、どうしてもそう思ってしまう。
まあ、いいや。
とにかく作戦を練って、できる限りジュゼッペとも共有しよう。
主人公は秘密結社のせいで、故郷を燃やされた可哀想な子だし、ゲームでだったらいくらでも同情できた。
でも。うちが没落したら、真っ先に死ぬのは母様だ。
没落したくなかったら、主人公の逆ハーレム化は、阻止しないといけない。
****
ジュゼッペは鼻歌を歌っていた。気分がいい。
「そうかそうか、昔々から、予知夢を見ている子だったからねえ。ネズミが入り込んだかあ」
テンション高い言動で、彼はうんうんと独り言を言っている。
しかし。子息令嬢の通う学問所であれば、当然ながら使用人は使用人室にいるのだ。だが彼らは誰ひとり、女子寮に入ってきた男子の存在に、気付くことはなかった。
そもそも夜間に女子寮から出てきたら、怪しまれて近衛兵を呼ばれても仕方がないのだが、何故か誰ひとり彼の存在に気付かない。
「ネズミには、ネズミ獲りを仕掛けないとねえ。ああ、忙しい!」
大きく跳躍するスキップ。オーバーリアクションで、彼は闇に消えていった。
アンドレーエ学問所の、闇は深い。
──もうすぐ、運命の入学式がはじまる。
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