ローゼンクロイツ(秘密結社につき)

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ローゼンクロイツ(秘密結社につき)

 私は制服に袖を通すと、昨日徹夜で考えた計画を反芻していた。  まずは、父様に手紙を出す。手紙の内容をアンドレーエ学問所から検閲されてもかまわないように、直接秘密結社のパトロン止めろとは書かない。  何度も何度も手紙の文面を考えた結果。 【父様の今の取引相手は、近いうちに大損害を出しますので、できるだけ早く手を引いてくださいませ】  これをうちから連れてきた使用人に渡して、私が学問所に行っている間に送ってもらうよう手はずを整えることにした。  続いてだけれど。  主人公の確認。 『ローゼンクロイツの筺庭』の主人公にもデフォルト名は存在しているけれど、それになっているとは限らないし、なによりもこのゲーム。  主人公の顔がわからないのだ。  完全クリアしたけれど、このゲームの主人公がスチルに登場したことは一度もない。全部攻略対象の影に隠れているから、正確な見た目は私も把握してないのだ。  わかっているのは、彼女が本来の姿も名前も身分も隠していること。  秘密結社への復讐に燃えていること。  特待生になるために、文武両道を心掛け、人間関係にも穴が空かないよう努めること。  こんな完璧超人を相手に出し抜かないといけないんだから、こっちも気が抜けない。  はっきり言って、攻略対象や主人公から比べると、アデリナはしょぼいのだ。  ロリ顔ロリ声ロリ体型の三重苦だけだったらともかく、成績はそこまでよろしくないし、倶楽部活動もサボリ気味で、男の尻ばっかり追いかけて、爵位欲しいと追いすがっているようなしょぼさだ。  かく言う私も、前世で成績はお世辞にもよろしくはなかった。  ゲームし過ぎて目は悪かったし、ゲームのキャラの名前は覚えられても、化学記号も方程式もとうとう最後まで覚えられなかった。  はっきり言って、ここまでの無理ゲーはないんだけれど、もし父様に手紙が届かなかったら、私は攻略対象の過半数を落として、主人公の特待生入りを阻止しなかったら実家が没落するんだから、やるしかないのだ。  はあ……ほんっとうに気が重い。  主人公もだけれど、攻略対象もどうなっているのか確認取らないといけないんだから、厄介だ。  それぞれ、主人公が好感度管理をきっちりやりつつ、パロメーター管理をしなかったら落とせない攻略対象たちは、隠しキャラ以外は全員特待生だ。  そもそもシナリオ外のジュゼッペに遭遇している以上は、攻略対象たちも私の知っている記憶と合っているのかどうか確認しないといけない。  だんだん学問所の門が見えてきて、私は顔を上げる。  秋から授業がはじまる学問所は、楓の葉が彩り豊かに散らばって美しい。  そんな中でも、門にかかっているセフィロトツリーのイラストや、天秤の描かれた床。庭木を彩る薔薇の刻印を見る。  誰もこれに対して違和感を覚えないし、ゲームしているときはただの絵だったから気にしてなかったけれど。  ……この学問所、本当になんの違和感もなく、錬金術師を生徒たちに浸透させようとしているなというのがよくわかる。  ローゼンクロイツ。  薔薇十字団という名前でも知られるその組織は、私が前世で触れたフィクションにもなにかと登場していたと思う。  錬金術により、富と栄光を得ようとした秘密結社の名前だ。  私たちの世界でも金の錬成は否定され、錬金術はオカルトだと言われるようになった。このゲームの世界でも表向きはオカルトとされているんだけれど。  ……この世界の錬金術はしっかりと成功してしまっているんだ。だからこそ、神以外の奇跡を奇跡と認めない教会から敵認定されているけれど、社交界を牛耳ってしまっている上に、表向きはないものとされているから厄介なんだ。  うちの父様がパトロンになっているのも、ローゼンクロイツだからなあ。  ちゃんと手紙が届くといいんだけれど、どうなるかなあ。私はそっと溜息をついて歩いている中。 「きゃあ、あの方素敵!」 「どこのご子息かしら、新入生?」  女学生たちが囁いているのが聞こえた。  ……ん、ここで女学生たちがキャーキャー言っているのって、特待生たちか?  考えてみたけれど、ちょっとおかしい。  だって、特待生は特待生なのだ。しかもこの学校の特殊な特待生制度のせいで、在校生から選ばれるはずだから、新入生がいきなり特待生になることはありえない。  だとしたら、誰だろう?  うーん、あれこれ詳しいジュゼッペがいたら、いろいろと聞き出せるのに、あいつ今日が入学式のはずなのにどこに行ったんだろう。  私がキョロキョロとしながらジュゼッペを探していたところで、人波に弾かれた。  あうっ……これだから小柄なのは嫌なんだから。  私がペタッと尻餅をついていると、ふいに手が出されたことに気が付いた。真っ白で指は長いけれど、指先にはレイピアを持ち続けたらできる豆ができていた。 「フロイライン、大丈夫かな?」  そう言われて、私はドキリとする。  麦畑を思わせる金色の短い髪に、湖を思わせる蒼い瞳。  着ている服は乗馬服を思わせる我が校の男子生徒の制服だけれど、でも。  私はその手を取らずに、自力で起き上がり、巻き毛をなびかせた。 「……結構ですわっ。どうもお気遣いなく」 「おやおや、気に障るようなことをしたなら謝るよ。申し訳ない」 「勘違いしないでくださるっ? 私、爵位の低い人間には興味がなくてよ」  こちらに視線が集まっているのに気付く。全員「うわあ」とか「この成金が」とか言いたげだけれど、こっちだってできる限り、この人間に関わりを持って欲しくはないのだ。  こっちが攻略されたら、そのままハメられて、なにもできないまま学問所を放逐されてしまう。  男装しているけど、彼女だよ。このゲームの主人公は。  アレク・ダーヴィト。名前も身分も、性別すらも偽って、ローゼンクロイツに戦いに挑みに来たのは。  あの美貌、あの言動、あの優しさ。  既に女子生徒の一部は骨抜きにされているし、「なにあの子。王子様に優しくしてもらっていながら!」と冷たい声が聞こえてくる。  だから、彼女に入れ込んだら、うちは没落するんだってば。  ……落ち着け、落ち着け。  とにかく主人公の存在は確認できたんだから、あとは攻略対象の確認をし、誰から媚薬を盛るか考えないといけないんだから。  そう思っていたら。 「いきなり学問所の人気者になった彼に釣れないなんて、やるねえ、フロイライン」 「……っ!?」  いきなり中庭の木からぶら下がってこんにちはしたのは、探していたジュゼッペだった。  口から心臓出るじゃないか、いきなり声かけてきたら!  私は「ふんっ」と声を上げる。 「探しましたのよ。どこにいらっしゃったの、ジュゼッペは!」 「はっはっはっはっ……僕はいつでも君の傍にいるのさー!」 「からかわないでくださる!? 私が子供みたいだからって、子供扱いしていい理由にはなりませんわ!」 「はっは……で、君のお目当ての貴公子にはもう会えたかな? 早速すげなく振っていたみたいだけれど」 「……爵位が高い方がいいんですもの。低いのは願い下げよ。あなただってそうでしょう?」 「ふうむ……アデリナの望むような、爵位が高くて魅力に溢れた男! 難しいねえ、でも入学式だったら会えるかもしれないねえ」 「本当……?」  ジュゼッペはいちいちうるさいし、こちらをからかってくるけれど、いまいちこちらも身の振り方が定まりきってない以上は、彼の言葉を信じるしかない。  まずは攻略対象の品定めをして、先手必勝で落とさないといけないんだから。
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