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最初の攻略対象(逃亡につき)
講堂のつまらない入学式をそこそこ真面目な顔でやり過ごし、クラスメイトたちの様子をぐるりと眺める。
ジュゼッペと同じクラスだし、アレクは早速女子生徒たちに取り囲まれている。
彼女、女だぞー。男装してるだけだぞーとは思うものの、どう見たって、生半可な男よりも女でも麗人のほうがいいに決まっている。
私はそれらを眺めつつ、クラスのホームルームが終わったところで、早速最初の攻略対象を探しに行くことにした。
ウィリスは、ゲーム内でも何度も攻略したことがあるけれど、とにかく主人公に優しく親切だった。年下なのに先輩属性であり、弟属性であり、なにより可愛い。
そして彼には幼馴染みがいて、彼もまた攻略対象であり、グローセ・ベーアのひとりだったりする。
彼の攻略には少々手間がかかり、ウィリスを攻略したあとに仲人してもらわなかったら、会うことすらままならないキャラだったりする。
だからこそ、まずはウィリスのほうから惚れ薬で落とし、その幼馴染み攻略のほうに行く!
我ながら完全攻略知識役立ってるぞー、すごいぞーと悦に入っていたところで、礼拝堂が見えてきた。
学問所は、表向きは普通の学問所であり、当然ながら国教を司っている教会と敵対行動は取っていない。だからこそ、こうして教会で礼拝をしているウィリスに会いに行くことができる訳で。
私が分厚い扉を開けると、ボーイソプラノが流れてきた。
ウィリスが歌を歌っているのだ。ゲーム内だったら、歌を歌っているスチルは見られたけれど、こうして聞くのは今日が初めてだったりする。
「綺麗……」
思わず率直な感想が漏れる。
ウィリスはたしか、聖歌隊にも入ってたはずだし、これはなんとかなりそうだな。私はそう思いながら、椅子に座って彼の歌に耳を傾けていると、彼の歌はピタリと止まった。
私は拍手をすると、少しだけ驚いたように赤毛を揺らした。
「素晴らしいですわ……!」
「ありがとうございます。あの……あなたは?」
「ええ、お初にお目に掛けますわ。私、アデリナ・ブライテンライターと申します。新入生ですの」
「ブライテンライター……」
少しだけウィリスの琥珀色の瞳が狭まる。
う、うん……? 自己紹介だけで、好感度が下がるとかそんなことは聞いてなかったんだけれど。私の焦りは流され、すぐに彼は笑顔でこちらに体ごと振り返った。
「はじめまして、僕はウィリス・ホフマンと申します。この学問所も各国からいろんな方々がいらっしゃって、戸惑うかもしれませんが、そのときは僕含めて先輩に頼ってくださいね?」
その言葉に、私はほっとした。
なーんだあー、気のせいかー。いくら私が悪役令嬢だからって、そう易々と学問所追放ルートに王手をかける訳にはいかないからー。
私は心底安心した。まずはウィリスにどうやって媚薬を仕込むか考えないと駄目だ。私は昨日たっぷりとジュゼッペから渡された媚薬は、制服のスカートの中に入っているし、袖に簡単に隠せるくらいの大きさだから、なにか飲み物や食べ物を口にする場面でこっそり仕込むことは可能のはず。
そう私が算段を考えつつ、「そういえば」と笑顔をつくって話を振ってみる。
「グローセ・ベーアの方とお伺いしましたけれど、他の皆さんとはご一緒ではないんですね?」
「ええ、今日は僕の倶楽部はお休みですが、他の皆さんは倶楽部活動をしてらっしゃいますから」
「ウィリス様は、どちらの倶楽部に?」
「僕は園芸倶楽部に所属しています。今日は朝に水やりを終えましたから、やることはありませんねえ」
「まあ、中庭の植物は、ウィリス様がお手入れなさっていますの!?」
私はオーバーリアクションして振る舞うと、ウィリスはきょとんとした顔をする。
「今日はお休みなんですけど、もしかして園芸に興味がおありですか?」
「ありますわ! うちでも薔薇の手入れをしていましたから! 是非ウィリス様のお庭を拝見させてくださいな! お茶を持って、一緒にお庭を眺めましょう!」
よし。私は自画自賛で悦に入る。
これで結構自然に媚薬を盛るチャンスを得ることができたぞ。たしかに強引だとは思う。今初対面じゃんとは思う。でもテンション上がった新入生だと、いい子のウィリスは見逃してくれると信じてる。
それに見てくれだけだったら、私とウィリスは同い年くらい。他の攻略対象からは妹認定されてもしょうがないけれど、ウィリスだけは、見てくれで妹からスタートなんていうのはないはず。
ウィリスは私の提案に、「そうですねえ……」と小首を傾げた。
「わかりました。食堂に頼んで、お茶を用意してもらいましょう」
「いけませんわ、ウィリス様にそんなことは頼めません! 私のわがままですから、私が自分で用意いたしますわ!」
そうプルプルと巻き毛を揺らすと、ウィリスも少しだけ困った顔をしたけれど、自由にさせてくれる気になったようだ。
紳士的に食堂まで案内してくれ、備え付けのポットや茶葉の場所を教えてくれた。
「中庭は全生徒に開放されていますから、どこででも好きにお茶会ができます。茶器はこちらで、茶葉はこちらです。お湯は食堂の方に頼んでいただいてください」
「わかりましたわ。なにからなにまで本当に親切にありがとうございます」
「もし、実家から茶器を持ってきているのなら、取りに行ってきますが」
「そんな煩わしいこと、させられませんわ!」
私がプルプルと首を振ると、またもウィリスは「そうですか?」と言ってから、園芸部管轄の場所を教えてくれたので、私はそれを「うんうん」と頷きながら聞いて、早速お茶を淹れることにした。
茶葉はできるだけ苦みの強いものを選び、そこに私は持っていた媚薬を投入する。一滴二滴……少なくとも、ジュゼッペは全部呷ってもなんの影響も見られなかったけど、それはジュゼッペだからなあとしか説明が付かない。
食堂が用意してくれたスコーンも添えて、それらを持って中庭へと向かうと。
「ふわあ……」
私はよれよれと茶器とポット、お茶菓子を運んでいたのも忘れて、中庭に見惚れてしまった。
金色の楓に夕焼け色の楓が豊かな色彩をつくり、紫色の菊や薄青の菊がアクセントを加える。やわらかなピンク色のエリカも麗しく、こんなところでお茶会をするなんて、最高の贅沢じゃないかと思わずにはいられない。
「気に入りましたか? 今はあまり花がないので地味な色合いですが」
ウィリスはテーブルの用意をしてくれていたので、早速持ってきたものを用意する。
「いいえ! 本当に美しくて……こんな庭をずっと眺めていても飽きませんわ!」
これは本心中の本心だった。そして私は、早速淹れたお茶をカップに注いだ。
「さあ、どうぞウィリス様! お茶菓子と一緒に召し上がれ」
「ありがとうございます」
にこりと笑いながら、ウィリスはカップに手を取ってくれた。私はそれをゴクリと唾を飲み込んで見守った。
飲めー飲めー飲めー飲めー……お願いだから飲んでー。
私が念じていた中、ふいにウィリスはカップから口を離した。
「……残念です、アデリナさん。ご実家がよりによって異端者のパトロンになっていたけれど、君は素直で優しそうな人だと、そう思っていたのに」
そう、悲しげに言われた。
えっ。なにこれ。私知らない。私が唖然としている中、あまりにも普通にウィリスは、乗馬服風の制服の下から、飾りのついたナイフを取り出して、あまりにも自然に私の首元に突きつけた……って、ええー、なにこの展開!? 私、知らないんですけどー!?
「僕は異端者は狩らなければならないんですよ……友達がこれ以上異端に染まってしまわない内に」
……あ、わかった。
私はようやくウィリスの言動の意味を把握した。
ウィリスは元々、教会の従順な使徒だ。そして主人公のアレクは教会からの指示で学問所にやってきたんだから、そりゃアレクに対しては最初から好感度が高いんだ。
でも私の場合。教会の敵であるローゼンクロイツのパトロンの家系で、よりによって錬金術の賜物の媚薬なんかお茶に入れたんだから、言い訳なんかできないわねー……わねー……。
どうすんじゃ、この展開は……!?
ナイフが首に食い込んできた。
やばい、このままいったらデッドエンド……そうじゃなくっても実家没落は変わらないんだってば!
私が目を瞑った瞬間、いきなり辺り一面が真っ白になった。
「なっ……!」
首に食い込んだナイフは離れ、そのまま私は手を引きずられる形でこの場を後にした。
私の手を引っ張って走っているのはジュゼッペだった。
「だから言っただろう、フロイライン。彼は僕や君にとっての天敵になりうると。よりによって初歩から彼を狙ったのは悪手だったのさ……!」
「ま、まあ……! でもどうしましょう、このままいったら、ウィリスの口から私たちのことが割れてしまう……!」
落とす気満々だったから自己紹介してしまったし、もし他のグローセ・ベーアに私たちの存在が知れ渡ったら、学問所追放は免れない……。
実家没落ルートから避けられないじゃん……!
煙幕が晴れてきたけれど、私の頭はちっとも晴れない。
しかしジュゼッペはというと、冷静そのものだ。
「まあ待ちたまえよ。初歩が教会の使徒だったからいけなかったんだ。そしてウィリスと仲のいいグローセ・ベーアがひとりいるじゃないか。先に彼を落としてからウィリスを説得すれば、僕たちのことは他のグローセ・ベーアに割れることはないし、一気にふたりほど味方に付けることができる」
「ウィリス様と仲のいいグローセ・ベーアって……あ」
そうだ。うっかりしてた。
元々ウィリスを先に落としたいと思ったのだって、最初から芋づる式を狙ってだ。彼がいないと落とせない相手がいるからだ。
でも今回は、私たちはウィリスの天敵で、ウィリスの友達は彼の決定的な弱点……。
いける。いけるはず。
「ねえ、彼がどこにいるかジュゼッペはご存じ!?」
「彼は倶楽部活動に勤しんでいるはずさ。今日も錬金術に明け暮れているよ。ウィリスとの友情が壊れないのが不思議でしょうがないね」
相変わらずのジュゼッペのクソ腹立つ物言いだけれど、これで挽回することができる。
電撃作戦だ。今日中に彼を落とさないと、ウィリスの口からアレクも残りのグローセ・ベーアも私たちのことを知ってしまうから……!
私はジュゼッペに導かれるまま、息が切れるのも忘れて必死で走ったのだ。
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