父また帰る

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 そのとき、背後の肇がようやく電話を切った。  電話中に聞こえてきた息子と父の会話を思い出し、肇は小さくため息をつく。 (――違うぞ、ヒカル。化学のバケモノはいる。 まさに今、おまえの目の前に)  おれやヒカルからすれば、バケモノというより、化学バカと呼ぶ方がしっくりくるが。  そうはいってもやはり、客観的には――。  小さく頭を振ると、肇は振り向いて、テーブルの敏夫に声をかけた。 「父さん、去年も言ったけど、こっちに戻るのはお盆と正月くらいにしてくれよ。 それから、むやみに高校のそばうろうろしないで、せめて家の中にいてくれ。 そうじゃなくても、3年生は神経質になってる時期なんだから」 「そうじゃった」  敏夫が頭に手をやった。 「毎年、センター試験の時期になると、どうも落ち着かんでの。 つい職場の周りを」 「ほんと、仕事が最優先だよな、いまだに。 どうせお盆は、慣れない乗り物は面倒だとか言って、母さんのとこには帰ってないんだろ。 おかげでこっちはただでさえ忙しいのに、ここ数日、目撃情報で大騒ぎなんだからな。 今の電話だって、昔の知り合いだって人がわざわざ」 「すまんすまん」  敏夫は豪快に笑うと、 「それで、肇よ。 どうね? 今年の生徒の出来は。 試験科目は今年も、『化学基礎』と『化学』の(ふたあ)つ?」  懲りない様子で尋ねた。 「父さん、もう何年たつと思ってんだよ。 あとおれ、国語科なんだけど」  肇があきれた顔になる。  まったく、化学至上主義なんだから。昔から。
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