父また帰る

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「……はい、そうです。 父は昔、港北(こうほく)高校で化学の教師を。ええ、『化学(バケガク)』の方ですね。 ……そうなんですよ。私も去年こちらに戻って、同じ学校で教えておりまして」  日曜日。電話に応対する(はじめ)のそばで、息子のヒカルはおとなしくおやつを食べていた。 「ねえ、おじいちゃん?」  小さな手にクッキーを持ったまま、ヒカルが傍らの祖父を見上げる。 「シッ。電話中じゃけえ、()さい声でな」  祖父の敏夫(としお)は顔の前に人差し指を立てると、 「なんじゃ?」  しわの目立つ顔をヒカルに近づけた。 「バケガクって、なあに? おばけのこと?」  ひそひそ声でヒカルがたずねる。 「ははは。違う違う」  思わず笑い声をあげた敏夫に、 「シーッ! 電話中」  ヒカルが顔をしかめた。 「こりゃあ、すまん」  真っ白な頭に手をやり、敏夫はそっと肇の方をうかがう。  幸い、息子はこちらのことなど気付かず、電話相手の長い話に相槌を打っているようだ。  敏夫は孫息子の顔をのぞきこんだ。 「『バケガク』いうたら、同じ読みの『科学』と区別して、そう呼ぶことがあるんよ。 じいちゃんの教えとった『化学』のことをな。 あ、『化学』いうんは、理科の一種な?」  5歳の子には、ちょっと難しいか。
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