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うんうんいいね
良い感じの表情
あっ、もっと腕をこう……そうそう!
良いじゃん良いじゃん
スキだよその顔
誰もいない教室で、鹿嶋くんの声とカメラのシャッターの音が響く。
シャッター音に合わせて、私は動く。
頭、腕、胸、腹、足、もちろん顔の表情も。
表情があるのは、顔だけじゃない。
身体にだって、全身に表情がある。
鹿嶋くんは、私の全身の表情を撮る。
鹿嶋くんの希望通りに全身を動かすのが
私の役目。
声とシャッター音しか無かった教室に
チャイムの音が鳴り響いた。
それを合図に私達は撮影を終える。
シャッターを切っている時は饒舌な鹿嶋くんはいつもの無口な鹿嶋くんに戻ってしまう。
「ねえ鹿嶋くん」
制服のブレザーをはおりながら私は彼に話しかける。
鹿嶋くんは愛機のNikonをバッグに入れながら私を見た。
「今日も、上手に撮れた?」
鹿嶋くんは何も言わずにリュックとカメラバッグと教室の鍵を取り、教室のドアを開けた。
帰るぞという彼の合図。
その合図に応えるように私もその後を追う。
2月の夕方の空は、青と橙色のグラデーションが恐ろしいくらいに綺麗だった。
鹿嶋くんは自転車で、私はその後ろを歩く。
その美しさを独り占めしたくて、私は夢中で愛用しているフィルムカメラのシャッターを切る。
そんな私を置いて行かずに、鹿嶋くんはゆっくりと私の前を歩く。
それが鹿嶋くんが優しい人だということを
示す行動だということを私は知っている。
私達は付き合っている。
付き合ってからもう1年になる。
でも、鹿嶋くんは私のことを恋人として見ていない。
鹿嶋くんは私のことを「被写体」としか見ていない。
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