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***
と――。
コンコン、と窓ガラスを叩く音がして。涙で霞んだ視界の中、ぼんやりと助手席側の窓ガラスをノックする人影が見えた。
次いでガチャッとドアが開けられて、私は瞬間金縛りが解けたように声を出せるようになった。
「大我さんっ、お願い、離してっ!」
その声に一瞬鶴見先生が怯んで、ほんの少しだけど腕の力が弱まった。
だからかな。外からグイッと腕を引っ張られた途端、あんなに振り解けなかった鶴見先生の腕があっさりと私から離れたのは。
外に出られたことと、腕を振り解けたことに安堵したら、一気に足の力が抜けて、思わずその場にへたり込みそうになる。
それを、腰に回した腕でグッと支えるようにして封じると、
「音芽、もう大丈夫だから」
嗅ぎ慣れた優しい洗剤の香りと一緒に、大好きな温和の声が降ってきた。
「温、和……?」
夢じゃ、ないよね?
私、今、温和の腕の中に、いるんだよね?
「鶴見先生、これは一体どういうことですか?」
小刻みに震える私をなだめるように、抱き締めてくれた私の頭を軽くぽんぽん……と撫でながら、温和が車内に残る鶴見先生に冷え冷えとするような声で語りかける。
鶴見先生は、温和の迫力に気圧されたみたいに言葉に詰まった。
「ぼ、僕は……ただ……音芽ちゃんに――」
彼がそう言いかけたところで、温和がピクッと反応してその言葉を遮る。
「こいつのこと、軽々しく下の名前で呼ばないでもらえますか?」
私は温和のその言葉にドキッとした。
単なる職場の同僚なのだから、苗字にさん付けで十分だと温和が言って……私にも小声で「お前も大我さんとか言ってんじゃねぇよ」と吐き捨てる。
「ごめ、なさ……」
叱られているのにこんなに嬉しいのは何でだろう。
そう思って温和をうっとり見上げていたら、背後から声をかけられた。
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