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「知られてマズイことがあるんなら今のうちに弁解どうぞ? 過去のことだし、先に話してくれるなら……私、水に流してあげてもいいですよ?」
朝挨拶をした時に揶揄われた仕返しに、ちょっとだけ強気でそう言ったら、クスッと笑われてしまった。
「鳥飼先生。残念ながら俺にはそんなの、1つもありませんから」
――清廉潔白です。
自信満々に学年主任モードで言い切られて、私はムッとしてしまう。
お、逢地先生とキスしようとしてた(?)くせにっ!
何もないとか、白々しいにもほどがあるわっ!
思ったけれど、それを言ったら嫉妬してるみたいで悔しいから言ってあげない。
実際、今思い出しただけでもモヤモヤしてしまうぐらいヤキモチを妬いているけれど、温和には知られたくないの。
「何にもやましいことがないんなら、私が逢地先生のところに行くの、なぜ気にしてくるんですか?」
このセリフは「王手だ!」って思ったんだけどな。
温和は何でもないことみたいに恋人の顔で、「ああ、そうそうそれなんだけどな。俺、お前の用が終わるまで職員室で仕事しながら待っててやるから……。帰り、一緒に飯食いに行こうぜ?」ってニヤリとするの。
ああ、そう言うことか、と思って……あの日のことに対する温和と自分との温度差に、ガッカリしてしまう。
私にとっては澱のように止んで常に頭から離れないシーンなのに……温和は腹立たしいくらい気にしていない。
そう思うのに、実際には消沈モード3割。温和と夕飯って……何だかデートみたい!って嬉しくなったの、7割。
悔しいけど私、温和と恋人になった今でも、彼にメロメロなのね。
“嬉しい”も“悲しい”も彼の言動次第。
振り子みたいにゆらゆら揺らされっぱなし。
「……了解です」
手にしたままだったヨーグルトの空容器をゴミ箱に入れると、私は温和に「じゃあ後程」と努めて感情を表に出さないよう声を掛けて、給湯室を出る。
だって、そうしないと嬉しくてにやけてしまいそうだったんだもの。
悔しいじゃない。
「オト……鳥飼先生! 用事、なるべく早く済ませるようにしてくださいね。俺、そんなに気が長い方じゃないんで」
廊下を保健室に向けて歩き出した私の背中に、温和のよそ行きの声がかかった。
温和のバカ。
学校で何度も何度も音芽って呼ぶから、大声でそう呼びそうになってるじゃない。
そんなことを思ったら、今度こそはっきりと笑みがこぼれた。
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