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「実は私、今月の“保健だより”、ちょっと作るのいつもより遅れてるんです。バタバタしててって言ったら言い訳にしかならないんですけど」
コーヒーメーカーからサーバーを取り上げた格好でこちらを振り返ってはにかんでいらした逢地先生に、「あ、私も色々遅れ気味で」と返す。
逢地先生は2つのカップにコーヒーを注ぎ分け終えると、それらをトレイに載せてこちらにいらした。
トレイをテーブルに置きながら私の言葉に淡く微笑んでいらっしゃると、「なので単刀直入にお聞きしますね」
私の前にカップを置いてくださいながらそうおっしゃる。
湯気のくゆるカップを見つめながら、お構いなく、と言われても構わずにはいられないところが逢地先生らしいな、と思った。
逢地先生は自分のコーヒーをブラックのまま一口飲んでから、
「――それで、鳥飼先生、お話って……」
至極ストレートに、そう切り出していらした。
まるで「今日はお天気がよかったですね」という調子で、サラリと本題への取っ掛かりを作ってくださった逢地先生には、ホント感謝しかない。
正直、どう切り出したものかと戸惑っていたので逢地先生から水を向けられて助かったと思うと同時に、この期に及んでまだ心の準備ができていなくてドギマギしてしまう。
苦しまぎれにふと目の前に置かれたコーヒーに視線を落とすと、私の方へはお砂糖とミルクのポーションがつけられていた。
この至れり尽くせりなところ、逢地先生らしいなって思ってしまった。
やっぱり女子力諸々、彼女の方が上だ。
とりあえず気持ちを落ち着けるためにコーヒーにミルクだけ落としてから、ソーサーに載せられていたティースプーンでかき回す。
「……あ、あの……」
そうしながら、恐る恐る逢地先生を見つめた。
「私が鶴見先生と一緒に帰った日――」
怪我をして皆さんにご迷惑をお掛けした日なんですけど。
付け足すようにそう言ったら、逢地先生がハッとしたように私を見つめていらした。
「――あ、あのっ、鳥飼先生っ……」
私が口を開くより先に逢地先生がソワソワとした様子で言葉を被せていらして。
私はその勢いに思わず圧倒されてしまう。
逢地先生は心なしか頬を上気させていらっしゃるような気がするの。
きっと、それは、カーテン越しに差し込んでくる薄桃色の日差しのせいばかりではなくて。
「私、ずっと鳥飼先生に謝らなきゃいけないって思っていたんです」
「え?」
そ、それってやっぱり……温和の……こと?
そう思ったら心臓がバクバクして、緊張で指先が一気に冷えていくのを感じた。
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