嵐の前の……

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*** 「霧島(きりしま)……センセ、……お、待たせ……しましたっ」  保健室から小走りに駆けて戻ってきた私は、若干息の上がった呼吸を、机に手をついてゼェハァ整えながら、その間も惜しいとばかりに温和(はるまさ)に声をかけた。 「鳥飼(とりかい)先生、廊下を走るのは感心しませんね」  そんな私をチラッと見上げて静かな声音でそう言うと、温和(はるまさ)は作っていた書類を保存してから、パソコンの電源を落とした。 「ご、ごめんなさい……」  小声で謝罪すれば「ま、急いで帰って来ようって気概は嫌いじゃないですけどね」とニヤリとされた。  瞬間、私が温和(はるまさ)を思いのほか長く待たせていることに不安を覚えて、慌てて走って来たのを見透かされた気がして。頬がブワリと熱を持つ。  思わず両手で頬っぺたを挟んで隠してから 「さっ、先に行きますっ」  恥ずかしさの余り、バッグをつかむなり温和(はるまさ)を置いて職員室を後にする。  残っていらっしゃる他の先生方に顔を見られるのが恥ずかしくて、うつむきがちのまま「お先に失礼します」と早口で言って、駐車場へ急いだ。  いそいそと歩いて、温和(はるまさ)の車が見えて来たところで「あ」と気がついて呆然と立ち尽くす。  私、先に来ても鍵ない……。  これだから私、温和(はるまさ)から――。 「バカ音芽(おとめ)!」  って言われるんだ。  そう思ったのと、実際にそう呼びかけられたのがちょうど同時で……。あまりのタイミングの良さに、ドクンッと心臓が跳ね上がる。 「はる、まさっ……」  恐る恐る後ろを振り返ったら、頭をコツンと小突かれた。 「お前、俺より先行って、どうやって車に乗り込む気だったんだよ。そもそも待っててやった俺を置いて先行っちまうとか……どういう神経してんだよ。……ったく――」  そんなだから目が離せねぇんだろーが。  言葉とは裏腹に、温和(はるまさ)の表情は思いのほか優し気で、私はドキドキしてしまう。  それは、小さい頃によく見た大好きな“ハル(にい)”の顔で。  懐かしさに思わずじっと温和(はるまさ)を見つめたら、まるでそれが照れ臭いみたいにムスッとした顔になって目を逸らされてしまった。
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