川越先生

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「でも……私、まだ仕事があるので……。その……少しだけ職員室で片付けてから帰ります。そのぐらいは……いいです……よね?」  本当なら温和(はるまさ)にそんな了解取る必要なんてない。  学年主任だからって、私が抱えた仕事にまで口出しする権利はないのだから。  でも……思わずそう言ってしまったのは、拒絶されてもなお、未練がましく温和(はるまさ)を待っているんだと思われたくないって考えてしまったから。  あくまでも仕事(正当な理由)があって、それで残っているのだと意思表示しておきたかったの。  これ以上惨めな気持ちになるのは嫌だもん。  温和(はるまさ)は私の言葉に一瞬だけ押し黙って、何かを思案するような素振りをしてから、「それは構いません。でも……19時までには帰るようにしてください。いいですね?」と念押ししてきた。  段々日が長くなってきたとはいえ、19時を過ぎると暗くなるから、というのがその理由みたいだけど……そんなの温和(はるまさ)には関係ないじゃない。  私が真っ暗な夜道をひとりで歩こうと、中途半端に心配したりせず、放っておいてくれたらいいのに。    あ、そっか。待つのがダメなんだから、ひとりで遅くまで居残りするのもダメってことか。  私が同じ空間にいたら川越(かわごえ)先生との打ち合わせに支障が出るのかな? ねぇ、それってどんな打ち合わせ? 2年部のことなら私にだって関係あることじゃないの?  分からない。分からないよ。温和(はるまさ)。何で急にそんな風になっちゃったの?  さっきまで……そんなことなかったじゃないっ。  キュッと唇を噛んで顔を上げたら、温和(はるまさ)の横に佇む川越先生と目が合った。  彼女が私を見てニコッと笑いかけてきたのが、宣戦布告をされたようで、胸がギュッと苦しくなる。
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