川越先生

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「じゃあ鳥飼(とりかい)先生、そういうことで。――川越(かわごえ)先生、行きますよ」  ひとり立ち尽くす私を残して、温和(はるまさ)が川越先生にそう呼びかけて。  それに川越先生が「はぁーい」と弾んだ声で応えてから、温和(はるまさ)のあとについてくるりと向きを変える。  歩き出す寸前、もう一度だけ私を見てニコッと笑ってウインクなさって……。その悪びれた様子のない人懐っこそうな表情に、情けなくて悔しくて……。そしてすごく寂しくて……。視界が涙で滲んできてしまう。  温和(はるまさ)、私が二組(ここ)でウダウダしていた間に、川越先生と何があったの?  私が川越先生と温和(はるまさ)を見て落ち着かなさを感じていたのって……もしかして川越先生が温和(はるまさ)の元カノさんだったから、とかだったりしたのかな。  はっきりとは思い出せないけれど……もしかしたらそれで……焼けぼっくいに火がついた、とかなのかなって……何となく思ってしまった。  温和(はるまさ)が私のことを好きだと言ってくれたのも、もしかしたら髪型が彼女に似ていたから、とかそんな理由だったのかもしれない。  そんな風に思い至ってしまったら、もうとしか思えなくなってしまった。  ああ、私、バカみたいじゃん。  長年の片思いが成就したって……ひとりではしゃいで浮かれて。  温和(はるまさ)も同じように小さい頃から私を好きでいてくれたとかいう、彼の見え透いた嘘にまんまと引っかかって……。  付き合ってすぐに初めてまであげちゃって……。  ひとり誰もいない教室に佇んでそんなことを考えたら、とうとう堪えきれなくなった涙がぽろりと頬を伝った。  そうしているうちに、下腹部がズキズキ痛み始めて、まるで閉じたばかりの傷口が開いたみたいな……そんな気がした。
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