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「音芽……」
慌てたように腰を浮かせた温和が、私にしっかりと視線を合わせた。
「分かったから落ち着けよ。こんな状況だし……信じてもらえねぇかも知れねぇけど……俺、お前以外の女を抱きしめたりしねぇし、これからもそういうことするつもりないから。もう2度とこんなにおいをつけられるようなヘマもしないって誓う。だから……頼む。――泣きやめよ」
言って、「なぁ音芽。お前は……学生の頃より強くなってるって……思っていい……のか?」
私の頭を撫でながらそっとそんなことを問いかけてくる。
私は温和の言葉の意味が理解できなくて、彼を見つめた。
***
温和に学生の頃の話を持ち出されて、私はふと思い出す。
「あのね、温和。……私、川越先生に初めましてをした時……頭の中に膜がかかったみたいな変な感じになったの。あのとき、川越先生と初めて会った気がしなかったのは……私の気のせい? それとも……思い出せていないだけで、どこかで――例えば学校やなんかで……会ってたりする、のかな……」
言いながらも、やはりそのことを深く思い出そうとしたら、何かが邪魔をしてモヤモヤと居心地の悪い気分になる。
「――もしかして……温和も彼女のこと、昔から知ってた? 川越先生は……温和の……元カノ?」
それは、ずっとずっと心の奥底で澱のようにわだかまっていた疑問。
ハッキリと聞いてしまったら……何かが壊れてしまうような気がして、思っていてもずっと口にできなかった思い。
温和の腕をギュッと掴んでそう問いかけたら、情けないぐらい手が震えた。
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