記憶の扉

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 あの日、確か佳乃花(かのか)は委員会活動に参加していて……一路(いちろ)はテニス部の練習に行っていた。  何の委員会にも部活にも所属していなかった私は、教室で勉強をしながら2人が終わるのを待っていた。  教室からはテニスコートが見えて……私は窓辺の席に座って部活に勤しむ人影を目で追っていて――。  そこには一路(いちろ)だけでなく、明るい髪色が一際目を引く奏芽(実兄)と一緒に、大好きな温和(はるまさ)の姿もあった。  勉強をしながら2人の兄が、互いにひとつのボールを追いかける様を眺めては、目を細めて溜め息をつく。  やっぱり温和(はるまさ)は何をしていてもカッコ良くて……。チャラ()のカナ(にい)なんて負かしちゃえー!とか思ったりしていたの。 *** 「音芽(おとめ)ちゃん」  窓外に気を取られていた私は、ふわりと漂って来たフローラル系の甘い香りとともにやんわり名前を呼ばれて、温和(はるまさ)から目を離して室内に視線を転じた。 「あ。――えっと……カナ(にい)の…………」  中学生の頃から取っ替え引っ替え彼女を変えていたカナ(にい)の彼女の名前は……当時の私の許容範囲を越えていて……。  たまたまカナ(にい)に彼女を紹介されることがあっても、その名前は記憶の中に留まらず、右から左に抜けていくのが常だった。  だっていつも、次に会った時カナ(にい)の横に立っているのはその女性(ひと)ではないんだもの。  私にとって、今目の前にいる彼女もそんな人たちの一人だったの。  そう、少なくとも今、この瞬間までは。
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