記憶の扉

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奏芽(かなめ)に連れられてお宅に遊びに行った時にお会いしたわね。――喜多里(きたさと)筑紫(つくし)よ」  にっこり笑って手を差し出されて、私は思わず立ち上がってその手を握る。 「あ、あの奏芽(あに)ならあそこ――」  です。  テニスコートを指差しながらそう続けようとした言葉は、不意に握ったままの手を引かれて止められる。  気が付いたら私、自分よりほんの少し背の高い喜多里(きたさと)先輩の腕の中にスッポリとおさまっていた。 「あ、あのっ、先輩……っ?」  そのまま腰をギュッと抱き締められて、何が何だかわからなくて身じろぎながら先輩の名前を呼んだら、 「しーっ」  と唇に指先を当てられた。 「男って……無骨で骨張っていて固いし、女のことを支配しようって魂胆が見え見えで大嫌い」  私の髪の毛をやんわりと撫でながら喜多里先輩が言う。 「その点、女の子は柔らかくていいにおいがするから大好き」  でも、でも……彼女はカナ(にい)の彼女さんではなかったの?  告げられた言葉と、自分が持っている情報とが噛み合わなくて、頭の中がパニックになりそうだった。  それを緩和したくて一生懸命酸素を求めて息を吸い込んだら、甘いフローラル系の香りを胸いっぱいに吸い込む羽目になって、自分が今どういう状況に置かれているのかを嫌でも痛感させられた。 「喜多、里……先輩……」  何となく頭の片隅では分かっていた。  喜多里先輩がどんな意味を込めて自分を抱きしめているのか。
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