お見舞い

5/23
前へ
/698ページ
次へ
鳥飼(とりかい)先生ちょっと……」  私、気付かず眉間にシワを寄せてしまっていたらしい。  その様子に気付いた温和(はるまさ)が、廊下の方に付いてくるように目配せしてきて。  私はそろそろと席を立って彼の後ろに付き従った。  廊下に出て少し歩いて、周りから死角になった職員用下駄箱のところまで来ると、 「音芽(おとめ)――」  プライベートの時のように下の名で呼びかけられて、頭にポン……と軽く手を載せられた。 「最後に会った日、鶴見(あの男)に酷いことをされたのはお前の方なんだからな?」  そこで一旦言葉を止めて、 「――それを見失うな」  声を低めてそう言ってから、柔らかい声音で続けてくれる。 「だからな、音芽。今までお前が見舞いに行かなかったのだって、仕方のないことだとあっちだって心得ているはずだ。――音芽が気に病むことなんてひとつもないんだ。分かったな?」  言って、頭を優しく撫でてくれた。 「温和(はるまさ)……」  温和(はるまさ)は私の考えていることなんて、全部お見通しなんだ。  そう思ったら、目尻にじんわり涙が滲んだ。 「泣くな」  ギュッと彼の胸に顔を押し当てるように片腕で抱きしめられて、私は「メイク崩れちゃうよ」って小さく抗議した。  温和(はるまさ)、有難う。大好き。  そう、思いながら。
/698ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3102人が本棚に入れています
本棚に追加