幾久しく

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「あーん。お兄ちゃんより先に音芽(おとめ)ちゃんが結婚しちゃうなんて……」  花嫁の控え室で、自身も黒の留袖を着付け終えたお母さんに、泣き言を聞かされる。  さんざん綺麗、綺麗ともてはやされたあとにポツンと落とされた盛大な吐息まじりのそれは、ある意味お母さんの本音なんだろう。 「カナ……お兄ちゃんから良い人いるって話、聞かないの?」  カナ(にい)と言いかけて、私は「お兄ちゃん」と訂正した。  幼い頃から私をからかいまくりの意地悪な兄だったけれど、思えばカナ(にい)も、温和(はるまさ)とは違う形で私を沢山沢山守ってくれた。  鶴見(つるみ)先生との時は、少しやりすぎかな?とか思ったけれど……でも妹のためにあそこまで身体を張ってくれる兄はなかなかいないと思うの。 (カナ(にい)の愛情表現は少し分かりにくいんだよね)  普段は物凄く気安く軽口を叩くくせに、兄の奏芽(かなめ)は肝心なことになると途端口が重くなるのだということを、温和(はるまさ)からあれこれ聞かされて、やっと理解した。  私は今までお兄ちゃんの何を見てきたんだろう?  そう思ったら少し申し訳なくて。  だから……私もカナ(にい)が喜ぶことを少しでも返していきたい。  お兄ちゃん呼びは、奏芽(かなめ)(にい)とは違う苗字――“鳥飼(とりかい)音芽(おとめ)”ではなくなる私からの、そのための第一歩。
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