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「な、音芽。こっちの道、通ったことねぇじゃん? 行ってみないか?」
蝉時雨に背中を押されながら歩く夏の日の昼下がり。
アスファルトから立ち昇る熱気に、音芽の後れ毛が、汗で首筋に張り付いている。
それがまたどうしようもなく色っぽく思えて。
わざわざ遠回りになると分かっていながら、俺はもう少しそんな音芽と2人、夏の空気の中を歩きたいと思ってしまったのだ。
「ん。美味しくて食べすぎちゃったし、運動しないと……だもんね」
はたはたと胸元を摘んで風を送りながら、音芽が眉根を寄せて笑う。
黒のノースリーブブラウスに、白いフレアのロングスカートを合わせた音芽は、控えめに言っても、めちゃくちゃ可愛い。
胸元に添えられた細くて華奢な二の腕が、黒いシャツに映えて、思わず暑さも忘れて腕を掴みたくなるほどに。
俺は今年29に、音芽は27になった。
音芽は幼い頃から無茶苦茶可愛かったけど、二十代後半になってからは――というか、母親になってからは、ただただ若かったあの頃と違って、大人の色香を身にまとうようになったんだ。
それが、熱気に乗って匂い立ってくるようで。
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