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「前に言ったよな? 今日のお前はただ俺のそばに居ればいい。――簡単だろ?」
意地悪く耳元でそう問いかけられて、音芽は涙目になった。
「おかしいな? 人形って泣くっけ?」
途端温和にそれを咎められて、目元に浮かんだ涙をペロリと舐め取られる。
温和の舌先の感触に、思わず声を出しそうになって、音芽は慌てて唇をキュッと引き結んで耐えた。
どんなに理不尽に思える要求でも、音芽にとって、愛する温和からの〝命令〟は絶対だ。
ましてや今日は温和の誕生日。
音芽には彼の希望を叶えなければならないという気持ちが、いつもより強くて。
何で?と頭の中は温和からの突拍子もない求めに対して疑問符で一杯なのに、それとは裏腹。
音芽の身体は温和に従順であろうと努力するのだ。
「可愛いな、音芽」
温和が音芽の横髪を耳に掛けるように避けてから、イヤリングで飾られた、剥き出しの耳朶に舌を這わせる。
途端、耳許で耳飾りが揺れて、シャラ、という幽けき音が、水音の合間を縫うように音芽の耳に届いた。
動いてはいけないと言われている音芽は、その刺激に堪えるために拳を握りしめることも、ギュッと目を閉じることも許されない。
「そうだ。まばたきだけはしていいからな? お前、目おっきいし、乾いちまったら大変だ」
そんな音芽を見て、クスクス笑いながら温和がそう言って。
その言葉に、ギュッと目を閉じるのはありだろうか?と音芽が考えたのを阻止したいみたいに「ただし、最小限、な?」と付け加えてくるあたり、温和は本当に意地悪だ。
そうして、嫌になるぐらい音芽のことをよく分かっている。
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