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episode5:I Do It For You
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マンションの構造が高級すぎると、外がどんなに土砂降りでも一切の雨音を通さない。
特に今日は湿気を嫌って窓を開けていないから余計に。
幼い頃から成人して家を出るまで、俺はこのマンションに住んでいたはずなのに、ここを出てたった数年の間に、そんなこともすっかり忘れてしまっていたらしい。
何気なく「何か食いに行くか?」と問いかけた俺だったが、音芽がレースのカーテンを割って窓外を見てから、ふるふると首を横に振った。
「またびしょ濡れになっちゃうよ?」
言われて彼女の背後に立てば、確かに外は未だ霞むほどの雨に見舞われていた。
さっきその雨のせいで2人でシャワーを浴びて着替えを済ませたばかりだ。
「どうする?」
聞いたら、音芽が冷蔵庫の中を見てみる、と言い出した。
旅行へ行くのに食料を置いて行くとは思えないぞ?って言ったら、音芽が俺の方を見てクスッと笑う。
「甘いな、温和。うちのお母さんはそんなにできた人じゃない」
言って再度クスクス笑う。
そう言えば俺の母親は割とそういうのに余念のないタイプだが、音芽たちの母親はのほほんとした陽だまりのような女性だった。
音芽がちょっぴりほやーんと抜けたところがあるのは、案外母親譲りなのかもしれない。
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