3103人が本棚に入れています
本棚に追加
俺が……好きな、曲?
音芽がピアノを弾きながら、小さな声で「Look into my eyes」と歌詞を口ずさんだ時、俺は全身にぶわりと鳥肌が立つのを感じた。
間違いない、これはブライアン・アダムスの『I Do It For You』だ。
でも何で音芽がこれを?
俺、この曲好きだって話したことあったっけ。
いや、そもそもあれか。
俺がここにいることを音芽は知らないわけだし……だとするとこれは俺のための演奏ではないわけで。
「偶……然……?」
思わずポツンとつぶやいてから、気がつくと俺は音芽の方へ歩み寄っていた。
ピアノを弾く音芽のすぐ横に立ったら、譜面に影がさして音芽の手が止まる。
俺を認めた途端ブワッと真っ赤になって、恥ずかしそうにうつむいた。
「や、やだっ。温和っ、いつから!?」
ソワソワして聞いてくるのへ、「少なくともこの曲が始まった時には」と答えたら、音芽がますます小さく縮こまって照れる。
「すぐに声、かけてくれれば良かったのにっ」
ややして恨み節のように頬を膨らませて俺を見上げると、「もうヤダ〜。ホンット恥ずかしいっ!」と顔を覆ってしまう。
「俺、お前の歌声すげー好きだけどな?」
ピアノの腕前もさることながら、俺は音芽の、空間全体をやんわり陽だまりの中に包み込むような、そんな暖かな歌声に思わず我を忘れてしまったのだ。
気がつけば、もっと近くで聴きたい、と彼女のそばに引き寄せられてしまっていたほどに。
最初のコメントを投稿しよう!