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episode3『兄の想い人』
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「お母さん、お兄ちゃんから好きな人の話とか……恋人の話とか聞いてる?」
兄と電話で話した翌日の水曜日。
私は温和を仕事に送り出してから、和音とふたり、家から徒歩5分の実家――鳥飼家――に遊びに来ていた。
近くとは言え、蝉時雨の中を歩くのは結構暑くて、涼しい室内に入ってからもなかなか汗がひかなくて。
ハンカチで火照った身体をハタハタと仰ぎながらお母さんに話しかける。
「え!? 奏芽、そんなお相手がいるの!?」
私の問いかけに、お母さんが目をまん丸にして頓狂な声を上げた。
「お母さん、声大きいっ」
和音がそばにいなくて良かった!
慌ててお母さんにシーッてやってから、私は小さく吐息を漏らす。
あの子の傍でお兄ちゃんに彼女がいるとか話したら、大変なことになりそうだもの。
***
和音は実家に連れて行くと、何はさておき防音室に置かれたグランドピアノを弾きたがる。
実家にたどり着いてすぐはさすがに暑かったみたいで、扇風機の前に陣取っていた和音だけれど、今はすでに防音室に移動したあとだ。
お兄ちゃんのマンションにもグランドピアノがあるんだけど、和音はお兄ちゃんがそれを弾く姿に憧れているみたいで。
前にお兄ちゃんから「和音にピアノ弾けってめちゃくちゃねだられるんだけど……お前弾いてやってねぇの?」って苦笑されたことがある。
「和音もね、上手にピアノ弾けるようになりたい! それでね、奏芽と並んで色んな曲を弾いてみたいのっ!」
和音は、大好きな奏芽お兄ちゃんと連弾をするのが目標みたい。
最近の和音は、家でもよく私たちの寝室と子供部屋との間にある防音室に籠もって、ピアノの練習をしている。
そんな和音にとっては、我が家に置かれたアップライトピアノより、実家やお兄ちゃんの家にあるグランドピアノへの憧れが強いみたいで。
家でもピアノは弾ける環境を整えてあるのに、実家に連れてくるとすぐに防音室に入りたがるのは、そういうことなんだと思う。
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