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「お願い、離し、て……っ」
か細い声でそう懇願したら、
「今日は家の前じゃないし、霧島先生は助けに来ないよ? ねぇ音芽ちゃん、僕のこと、そんなに怖い?」
私が小さく震えていることを、鶴見先生は恐らく気付いている。
その上で……それでもなお、私を離してくれないんだ。
そう思ったら心底怖くなった。
「さっきさ、音芽ちゃんも同僚と気まずくなるのは……嫌だって言ってくれたよね?」
耳に直接吹き込むように唇を寄せて告げられたセリフは、まるで呪詛のようで。
「――相手の、どっ、同意もないのにっ……こういうことをする、のは……き、気まずく、ならないんですか?」
私は一生懸命考えて、必死に言葉を紡ぐ。
どうか気まずいのは嫌だって思ってくれますように。
そう願いを込めて。
「うーん。そうだねぇ。けどそれ、音芽ちゃんが僕を好きになってくれたら問題ないんじゃない?」
首筋に鶴見先生の吐息を感じて、全身にゾクリと鳥肌が立った。
「……わ、私っ、す、好きな人がいて……、つ、鶴見先生の気持ちには、応……えられませんっ。ごめんなさいっ」
思わずギュッと目をつぶってそう吐き出したら、耳元でクスクスと笑う声がした。
「ねぇ音芽ちゃん、鶴見先生じゃなくて、大我、でしょ?」
伝えたいのはそこじゃないのに。
まるでそこだけしか聞き取れていないとでも言うふうに、鶴見先生は他の部分をスルーしてそう言ってくる。
私はどうしたらいいか分からなくて涙目になった。
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