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episode1:彼女はネズミが苦手
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「週末、両親が父親の小児科学会のついでに旅行に行くことになったの」
と音芽が言った。
それがどうしたんだ?と思った俺だったけれど、音芽が言い難そうにもじもじするのを見て、何となく察しがつく。
「家の番でも頼まれたのか?」
聞けば、子供たちが巣立ったのを機に飼い始めたハムスターの面倒を見て欲しいと頼まれてしまったのだと音芽が泣きそうな顔をする。
「ハムスター?」
「うん。小さい子じゃなくてゴールデンだから結構大きいんだって」
言ってフルフルと身体を震わせるのを見て、ああ、と思う。
「お前、生き物苦手だったっけ?」
聞いたら、「ねずみだけはダメなの」と潤んだ目をして身体をすくませた。
そういえば子供の頃、奏芽と俺と音芽の3人で、溝探検――溝に沿って歩くだけ――をした際、音芽の足の上をドブネズミが通過したことがある。
別に噛まれたわけでも何でもなかったんだが、音芽にとってその経験は相当なトラウマになったらしい。
子供の頃から生き物全般苦手ではないくせに、以来、ねずみだけは怖がるようになったのを思い出す。
「そ、それでねっ。もしっ。もしもっ。温和さえ迷惑じゃなか……」
「一緒に帰ってやるよ」
皆まで言わせずそう言ったら、音芽が心底ホッとした顔をした。
ハムスターとネズミが俺の中ではイコールにはならないんだが、苦手なものというのは往々にしてそんなものなのかもしれない。
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