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雪子はスーパーのチラシを片手にスイーツ売り場のケーキを手にした。そして通りかかる店員を引き止める。
夕飯の買い物客が多くなり出した時間帯だ。
「店員さん、ちょっとこれ、チラシの写真とかなり違いません?イチゴの大きさとか色とか」
雪子は声を潜めて言った。
「え?あーすみません。なるべく同じ大きさのイチゴを仕入れてはいるのですが、やはり見た目が少しでも大きいものからは手にされる方が多いもので」
「それにしてもチラシより6分の5くらいの大きさじゃない。チラシは嘘なの?」
店員がチラシと実物を見比べたが、さほど大きさに違いは無いように見えた。
「いいえ、とんでもない。こちらにも書いています通り、『広告とは色合いや大きさが異なります』とお断りしているのですが…」となんとか先輩店員に教えられたお詫びの言葉を口にする。
しかしそれを聞いた雪子は少し声を大きくして続けた。周りに聞こえるボリュームだ。
「こんな小さな文字で裏面に書いててもわからないじゃない!」
店員が慌てて「お客様、すみません。こちらが表面でして、それにデザイナーに頼んで必ず心理的に一番目に入りやすいところに表記しておりまして…」と言ったが、雪子は「なぁに?わたしが悪いってこと?」
「いいえ!そんなことは申しておりませんで…」
雪子は被っていた帽子とマスクを外した。
「これじゃお客さん達を騙すためのチラシに見えますけど。ここに買い物に来ている私達は、この店が好きで来ているのに、これじゃぁ裏切られた気持ちになりますわよ。何年もこちらに…」
その声を聞いて振り返る客が「あれ、ユッキんじゃない?」
それを聞いた他の客も騒動に目を向ける。
「あら、ユッキんね」
「誰?」
「ほら、美容のコメンテイターの」
「あらーそう言えば、そうねぇ!」
雪子はここぞとばかりに聞こえる声で言った。
「騒ぎにしたくないのでこのくらいにしますが、お客様の期待を裏切るようなことはなさらないでね」
「大変申し訳ありません。本部にも報告して今後はこんな事がないようにいたします」
取り囲む客がスマホで写真を撮ったり、なにやら文字を打ち込むのを見て雪子は軽くお辞儀した。
そして何事も無かったかのように、優雅な後ろ姿で店を出ていった。
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