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出会い
彼女を初めて見かけたのは、10月の中旬だった。
滅多に足を運ぶことがない棟の廊下をフラフラと歩いていたら、独特な臭いが鼻についた。
そこでドアが半分開いていた教室をそっと覗くと、石膏像が無造作に置かれていたり、何という名前か知らないけれど木製の絵を立てかけるものがいくつか並んでいる。
それで美術学部の教室ということがわかった。
興味本位でぐいっと一歩進もうとした時だった。
前方で女子生徒が絵を描いている姿が目に飛び込んできたのだ。
あまりにも突然だったので思わず声が出そうになり、口をふさいだ。
セミロングの柔らかいカールがかかった髪、黒いパーカーにデニム姿でキャンバスに向かっている後ろ姿は、優雅だけれど孤独にも感じた。
何の絵を描いているのだろう・・・?
彼女の手が一筆一筆動くのを瞬きも忘れて見入ってしまう。
絵なんて中学校以来縁がないから、こういう独特な学科の世界観はわからない。たまに奇抜な格好で大学内を闊歩している奴がいるが、その手の学生だろうとたいして気にも留めていなかった。
かなり大きな黒いバッグを持ち歩く生徒も見かけるが、どうやら絵が入っているらしい。
その時、ポケットの中でLINEの着信音が鳴った。
彼女がくるりと振り返り、俺に気付いてしまった。
「びっくりした」
そういう彼女の表情は、言葉とは裏腹に柔らかく穏やかだった。
「すみません!偶然通りかかって、あの、この棟に用事があって・・・」
口に手をあてたまま話してしまい、彼女に怪しまれないかとどぎまぎした。
「絵がなかなか進まなくて」
彼女は筆を置き、俺の方に体を向けた。どうやら迷惑ではないらしい。
「すごいですね、油絵?なんて初めて見たかも」
「この教室臭いでしょ?油絵の絵の具やら、絵筆を洗う液やら」
「うん、気になった。灯油のような・・・ゴムの擦れたような?」
「そうそう、慣れないニオイなの」
「入ってもいいかな?」
「うん」
彼女はにこり、とした。
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