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その2 ホムンクルス大失敗
「ホムンクルス」の作り方を簡単なフローチャートにまとめてみよう。
①クリスタルのガラス容器を用意する。
↓
②5月のいつでもいいから三日月の夜に夜露を採取(1マス分)
健康な成年男子から2マス分の血液を採取して、上記の夜露と
混ぜ合わせる。
さらにここに「秘密のハーブエキス」を加える。
これを密閉状態にして1か月間放置。
↓
③ガラス容器の中身が透明な液体と赤い沈殿物に分離しているので
透明な液体部分のみを採取。(注:後にこれを使用するので捨てない こと) ↓
④上記③の液体に動物から集めた「抽出物」を加えておく。
(※中世ヨーロッパに書かれた記述書の説明があまりに曖昧過ぎて
これがなんだかよくわからないので一瞬悩んだが、ここは大手スー パーで働くメリットを最大限に利用した。
すなわち生鮮食品売り場のバックヤードに行って、生肉の解体した際 に出る肉汁を流し台からペットボトルに入れて拝借してきたのだ。
さすが、俺!)
↓
⑤もう一方の分離した赤い沈殿物はゆっくりヒーターで加熱しながら
1か月間置く。温度設定は「馬の胎内と同じ」とする(大体37度く らいだな)。
すると、赤い塊の中に内蔵のようなものが現れ、さらに
放置しておくと血管や神経のようなものが生じる。
↓
⑥4週間ごとに上記④の液体をここに振りかける。
↓
⑦4か月後! ガラス容器の中で生命体が出来上がっている!!
と、まあこのマニュアル通りになれば万々歳なわけだ。
記録によると、この大事業に成功した例は後にも先にもたった一つしかない、という。
伝説の錬金術師 パラケルススその人である。
あっ!!俺はこいつの生まれ変わりだったんだ!現代に甦ったのは再び
人工生命体創造に成功して神に挑戦状を叩きつけるためだったんだな!
無謀にもその時は大いにそう思ったものだ。
・・・・今思うと、メチャ恥ずかしいうぬぼれだったが。
反省点を上げるならば、②の「健康な成年男子の血液」部分で若干の変更を加えたことだろうか。
首尾よく血液を提供してくれる成年男子なんて・・・・
あ、俺か。ここにいたわ。
いったんはカッターナイフを取り出して人差し指に当ててみたものの、
(待てよ、ここで人差し指切ってバンドエイドなんぞ貼ろうものなら、後の生活に支障を来すだろう。手洗う時にピリピリ痛いし、バイトの作業中に指先が気になるし。
・・・・かといって、他の指も同じだろう。てか、痛いの、嫌だ!)
てなことで、血液採取作戦は実行することなく却下。
実はホムンクルス創造に当たって、血液に代わる材料がもう一つあるのだ。
それは「精子」。
人間の精液をある種のハーブとともに蒸留器に入れて40日間密閉し、それを腐乱させると人工生命体のベースとなる。
一般男子に「血液と精子、抜きやすいのはどっち?」て聞いてみてほしい。ほぼ100%の確率で「精子!!」と答えが返ってくるに違いない。
これだったら俺にだって朝飯前よ。なんたって、ネットには男子が精子をいくらでも放出できるアダルトな画像や動画が氾濫してるではないか!
・・・・そんなわけで首尾よく精子は手に入れた、てか、出した。
そこに加えるハーブだが、伝説によると中世ヨーロッパの錬金術師たちは
「西洋ノコギリソウ」を使用した。強壮、免疫力強化に効果があるらしい。その名のごとく鋸みたいなギザギザの葉っぱが目印で、夏には白い花を咲かせる。元々はヨーロッパ原産だが明治時代に日本にも持ち込まれ、現代では園芸ショップでも扱われている。俺が働くスーパーに入っているテナントの花屋さんにも園芸用の苗があった。これも入手クリア。
ある程度大きくなったんで、葉っぱと根を刻んでエキスを絞り出した。
肝腎の蒸留器だが、ネットの通販サイト見て驚いた。
高っけー!安く見積もっても1万5千円は下らない。そりゃそうだ、特殊な器具だもんな。とは言え、バイトに明け暮れるフリーターの俺にそんな金あるか。
で、ひらめいた。
そんな大そうな器具を使わなくてもホムンクルスを創れるんじゃね?
「ペットボトル」。
これだよ。使い終われば、ちゃんと洗ってリサイクル。
そんなわけで、飲み口同士をゴムホースで繋いだペットボトルでお手軽蒸留器をチャッチャッと作った。こいつを固定する台は使い古しのデスクスタンドを再利用。針金で縛って完成。
これからは環境に優しい錬金術、てなもんよ。
常に一定の温度をキープしなければならないので、液を入れる方のペットボトルをスタンドごと発泡スチロールの箱に入れて、底にカブトムシの幼虫を育てるために使っていたヒーターをセットした。
・5月の三日月の夜に取った夜露(ここだけの話、風呂の残り湯少々)
・俺の精子(頑張って頑張って、やっと大さじ2杯)
・西洋ノコギリソウを切り刻んだ汁、いや、エキス
これらをまとめてペットボトル、いや、"簡易型蒸留器"に入れた。
マニュアル的にはこれを40日間密閉して放置することになるので、
次にふたを開けるときは7月上旬の予定だ。その頃には”透明で人の形に似た何か”が精製されていて、ホムンクルス創造計画は第2段階に入る。
それまでは、くれぐれも直射日光の当たらない日陰にこれを安置しなければならない。これら混合液が乾いて固形になったり蒸発したりすることを防ぐためだ。
また、放置期間中に俺は他の錬金術を並行して行うべく準備にかかった。俺の大いなる術を継続するための運転資金(=生活資金)を少しでも稼ぐため「媚薬」を製造してネットで売りさばこうという計画があるんだ。要するに「惚れ薬」だな。意中の異性に飲ませたり嗅がせたりすると、たちまち自分の虜になる、ていう夢の薬よ。ただ「飲ませる」薬を精製するとなると、もちろん薬事法違反で俺は逮捕されちゃうから、ダメ。
嗅がせたりするだけならOKでしょう、考えようによっては(欲望の)アロマテラピーだし。
準備するのは「イランイランの花」。最大で10メートルほどの高さにまで成長する樹木に細くてやや縮れた黄色い花をつける。アロマや植物詳しい方ならご存知なはずのこの香りには興奮・陶酔・催淫作用がある。つまりは”Hしたくなる”香りってわけだ。事実、この花の原産地の一つであるインドネシアでは結婚初夜の新婚カップルのベッドにこの花をまき散らして装飾する。ところが、ここまで木を育てようと思うと気が遠くなる。てか、室内での栽培は無理でしょう、10メートルだよ?
というわけで、この花を精製したアロマオイルを雑貨屋さんで購入。
これをベースに次のエッセンスを加える。
・麝香(じゃこう)エキス・・・・別名「ムスク」。じゃ香鹿のお腹から採れる香りの元。鹿って奈良にいるような、あの動物の鹿よ?こりゃ無理だ。で、インドのお香で「ムスクの香り」てのがあったから、これも雑貨屋さんで買って間に合わせた。このお香を粉末にしておけば、まあ何とかなるでしょ。
・シナモン・・・・これは楽勝で手に入る。百均の食品コーナーでスティックを買った。これも粉末にしておこう。
・トカゲの黒焼き・・・・あー!!ダメ、ダメ!!きもいので即却下。
・カルダモン・・・・これも楽勝。園芸用ハーブのコーナーで苗を買ってきた。
余談だけど、ついでにここで「サフラン」の球根も買っておいた。ヨーロッパの地中海方面が原産のこの植物は香辛料としても有名で、料理のパエリアを作る際にも香りづけに使われている。また、それとは別に「イランイラン」と並んで媚薬作用も伝えられている。万が一、イランイランで失敗した時のために予備として買ったわけだ。とりあえず、植木鉢に土と一緒に埋めて観葉植物として部屋に置いておくか。
・黒猫のひげ・・・・実はこれが最大のネックだった。別にきもいアイテムでもないし、その気になれば手に入りそうな中途半端さが悩みの種となったわけだ。ネコ探して近所をウロウロしようものなら、3分もしないうちに警官の職質を受けるはめになるだろう。それ以前に、都合よく野良猫でしかも黒いやつなんか、いるもんか。
そんなわけで俺は最後の手段を使った。ネットオークションだ。
一般的なネットショッピングでは扱っていないモノがオークションサイトにはあったりする。
検索してみると・・・・3件ヒットだ。実物を手に取って確認することができないのが難点だが、貼り付けられた画像を見比べて買うことにした。
一つ気になったのは、俺が選んだこのオークションの出品者は業者ではないらしい、ということだった。普通はこの手のアイテムはオカルト系のグッズを専門に扱う業者が取り仕切っている。個人で出品するケースはレアに近い。出品画像もややピンボケ気味だったが、値段が最安値だったことが決め手になった。
後日、郵便で「黒猫のひげ」は無事届いたが、差出人も住所も不明。
封筒の中は約束通りの「ひげ」(?)がナイロンシートに丁寧にくるまれていた。達筆な手書きのメッセージも同封されていた。不思議なことに筆跡からは男女の性別が判断できなかった。
内容は、今回のオークションの取引についてのお礼と共に
「お役に立ちますように」の謎の言葉を添えて小さなジッパー付きナイロン袋も入れられていた。
宙にかざして見ると、中には何やら赤い小さな砂粒が小さじ1杯ほど。
・・・・?なんじゃ、これ?まあ、いいや。
やっとの思いで(俺がバイトするショッピングモールで)かき集めた、これらの材料をとろ火で煮詰めながら上澄みを精製して、アルコールで薄めてやれば、どんな異性も思いのままに出来る魔法の惚れ薬の誕生だ。
ある日の日曜日、俺はバイト先のショッピングモールのバックヤードにあるゴミ置き場から手ごろな大きめの空き缶を拾ってきた。
その中に惚れ薬の原料を全部まとめてぶち込んで、ガスコンロの火を点けて弱火にセットした。液体の量が少ないので、5分もしないうちにコトコトと沸騰し始める。
削った各種粉末類は何となく溶けたように見えたが、ネコのひげ(?)かいかんぞ。塩酸でも使わないと溶けるもんか。適当に”ダシ”が出た頃合いを見計らって、割りばしでつまみ出して捨てた。
この頃から、何とも言えない香りが・・・・てか、臭っ!!
お香のムスクとシナモンの匂いだと思うが、目に浸みるほどきついわ。
こんなんが部屋に充満したら、俺は死ぬだろ。恐るべし錬金術。
早々に火を止めて空き缶ごと水で冷やすことにした。
近所から「あの部屋の住人が変な臭いを出している」と警察に通報されないよう、祈りながら部屋中の窓という窓を開けまくる。
換気だよ、換気!!
この匂いだとかなりアルコールで薄めないと、買った客からクレームの嵐は間違いない。臭いの拡散重視でこの原液大さじ5杯に対して500mlペットボトル1本分のアルコールを継ぎ足して、よくシェイクしてやったらようやく臭いは気にならなくなった。結果的にペットボトル5本分の「惚れ薬」が出来上がった。それでも臭いが気になるから、まとめて窓際に置いて管理することにした。
これを小綺麗なビン(もちろん100均で購入予定)に小分けして、
1本1000円でどーよ?うまく売りさばけば、十数万円の儲けになるゼイ!
これぞ、まじの錬金術だろ。
ここまでの過程であっという間に40日間なんて過ぎてしまう。
気が付くと、季節は6月下旬。梅雨空がうっとおしい季節になっていた。
ペットボトルの中はというと、蒸留側のボトル内に結露した白濁液が少し溜まっている程度で、生命の息吹なんぞ微塵もない。
目を皿のようにして観察してみると、濁った液中に赤い斑点上の粒が2か所あるのを発見した。
(目!?ホムンクルスの目!?)一瞬期待したが、ネットオークションで黒猫のひげを買ったおまけについてきた赤い砂粒だったことに気づくやいなや、苛立ちの余り
「隣のサフランをちっとは見習え!」とペットボトルの、しかも得体の知れぬ液体に向かって俺は悪態をついていた。
第3者が見れば、間違いなく心を病んだ心療内科の通院患者だ。
ホムンクルスが”見習うべき”、イランイランの予備で買ったこの球根の頭には新緑の、しかも結構しっかりした芽が出始めていた。
「物事には必ず結果が生じ、その原因は必ずある。」
これは俺の持論だ。
先に原因を上げると
・ペットボトルに入れた「惚れ薬」は大半がアルコールであった。
・ペットボトルには1/2目~2/3目くらいずつしか「惚れ薬」が入ってい
なかった。つまり、残りの空間には気化したアルコールが少しずつ充満していた。
・それらペットボトルは窓際に置きっぱなしであった。
・ここ数日、梅雨の晴れ間で晴天が続き、置きっぱなしのペットボトルに直射日光がダイレクトに当たっていたこと。
・太陽熱でペットボトルが触れないほど熱を帯びていたこと。
・これらすべてについて俺が全く気が付いていなかったこと。以上。
結果。
ある日の夕方、バイトから帰宅した俺は部屋に入った途端、
・・・・ブッフゥウエエェッ!・・・・ゲホッ、ゲッホッ!!
息の詰まるような、それでいて目がくらむような、そして気が遠くなるような空気が。
ツンッとしたアルコール独特の匂いに混じって”仏壇の線香を甘く煮たような”香りが微かにしていた。
訳の分からないまま、鼻を押さえて息を止めながらベランダにダッシュして、とりあえず窓を全開にした。その時に床に転がっていたペットボトルを蹴り飛ばしたが、それが破裂していたことに気が付いたのは部屋の換気が済んで、幾分冷静さを取り戻してからだった。
ペットボトル5本分の「惚れ薬」は全て破裂していた。暴発して床に転がっていたのが3本、1本は窓際でそのまま破裂、最後の1本は・・・・
破裂した弾みでホムンクルス育成キット(=発泡スチロールの箱)に激突し、すべてをひっくり返していた。せっかくの蒸留器(=ホースで繋いだペットボトル2本)もバラバラになっていて、おまけに中身はヒーターの熱か、日光の影響かわからないが蒸発してなくなっていた。
茫然自失な様相で立ち尽くす俺の脇で、テーブルに置かれた植木鉢が窓から差し込む夕日をまるでスポットライトのように浴びていた。
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