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その1 人の錬金術を笑うな
「へっ!笑止!!」
俺は嘲りを吐きながら、テレビを消したリモコンをテーブルに放り投げた。その反動でリモコンがテーブル隅に置いてある植木鉢に当たり、”観葉植物”的なあいつが葉っぱをビクッ!とさせながら驚きとイラつきの眼差しをこちらに向けるが、無視だ、無視。
『AIロボット~近年のヴィジョン~』
今まで観ていたTV番組のタイトルだ。要するに人間そっくりにモノを考え、しゃべり、行動するような人工知能搭載のロボットが現実化するのはザックリで100年はかかる、という内容のドキュメンタリー番組だった。
何やってやがんだ。機械を組み立てる要領で部品一つ一つから人造人間を創ろうとするから、手間ひまがかかるんだ。
例えばネコのペットを飼いたいとする。わざわざドラえもんみたいなネコ型ロボットを組み立てて「ニャー」と鳴くようにプログラムされた人工知能を植えて・・・・なんて誰が考えるか。ペットショップでも捨て猫の保護でもリアルにネコを手に入れる方法なんていくらでもあるじゃないか。
人造人間だって同じさ。生身の生き物を相手にしたほうが早い。そのチャンスがないなら創ればいい。細胞レベルから培養して。
・・・・ま、正確には俺も成功したとは言えないけどね。これに関しては。
ん?俺?
別に医学関係者でもなければ、その手の関連企業で働くリーマンでもない。世が世なら、人は俺のことをこう呼ぶんだろうな。
「錬金術師」と。
・・・・おいおい、半笑いするな!むかつく。こう見えても俺には実績があるんだよ。先ほどの植木鉢がそれ。”観葉植物”的なヤツ。
こいつとのいきさつは後で説明することにする。
まずは最初に錬金術の話よ。
その歴史は超長くていちいち解説入れるのはウザいから、光速で飛ばすけどさあ。
古くはアリストテレスが出てくる古代ギリシャ時代にまで遡る。
「万物は火・気・水・土の四元素から成る」とかいう、あれだ。ここから
金属を合成して金(ゴールド)を創ろうと真面目に考える人々が出てきて
後のイスラム文化に受け継がれる中で錬金術として発展。それがヨーロッパに伝わって中世の頃に全盛時代を向える、と。
残念ながら世の中それほど甘くなく、そう簡単に金なんか創れるわけないじゃん。けど、それらの実験過程で硫酸や塩酸などの薬品が発見され、現代化学のベースになった・・・・
いわば魔術の副産物がリアルな学問に変貌したわけだ。
一方、錬金術てのはなにも金を創るばかりではなく、不老不死を目的とする医学的分野でも応用されて、人工的な生命体をも創ろうと考える人が出てきた。
子どもの頃からメダカやカエルの孵化を大成功させてきた俺にしてみれば、人工生命体はごく自然な発想だ。条件がそろえば人の手で生命は誕生する。
普段、某大手スーパー○×モールで品出しのバイトに明け暮れつつ、片や
カブトムシを培養してネットで売りさばくブリーダーとしての俺はあくまでも仮の姿。
密かに人工生命誕生を企てるバイオテクノロジー専門の錬金術師、てのが
本来の俺、と思う。
そもそもなんで錬金術師なのか?って?
簡単なことよ、ある日ゲーセンに行ったんだ。
店内の入り口にはずらりとUFOキャッチャーが並び、その隅に「前世占い」なるマシンがあった。黒いフードを被って鼻が曲がった、いかにも魔法使いでござい、的な婆さんのイラストがニヤリと笑ってこっちを見ている。誰が見ても怪しいその雰囲気に何となく魅かれた俺は、気が付いた時には200円を投じ、機械に命じられるまま生年月日とか血液型とか簡単な質問をいくつか入力していた。
で、出てきた答えが
「あなたの前世はズバリ! 錬金術師でしょう! 特にホムンクルス誕生の大家として中世ヨーロッパで活躍したようです。」
・・・・(ああ、やっぱりな。)
その時、大いに納得したわけよ。
さて、大いなる偉業をためには
・豊富な知識
・正当な材料と正しい器具類
・偉業を行うにふさわしい空間
この3つが欠かせない。特に最後の「空間」、てか、部屋(6畳一間)の模様替え。
これは是非とも工夫すべきだ。なんたってモチベーションの上がり方が違ってくる。
とはいえ、中世ヨーロッパの頃のその手の資料を調べるとどうしても黒魔術の雰囲気が出てしまう。事実、この時代の錬金術師たちは化学的な学問とともに占星術も勉強したという。自らの術を完成させ、成功するためには「太陽が牡羊座に位置する時期(現代の3月下旬~4月下旬)にから術を始める」こととされていた。
また、霊界のことを「アストラル・プレーン」(星霊界)と呼んで異空間の知識も得ていたというから、この時代はまだ近代科学とオカルト世界との線引きが極めてグレーだったに相違ない。
夜な夜なろうそくで明かりを灯して、怪しげなでかい鍋に訳の分からない薬品だの、どこで拾ってきた石ころだの、ついでにトカゲのしっぽだのを混ぜてグツグツ煮ている姿は間違いなく魔法の世界観だ。
「ハリーポッター」的な。
しかし未知の世界に素足を踏み入れてまで人工的に金や生命体を作ろうなんて考える以上、魔法や神様、いや悪魔にさえも頼ろうとするあさましい、いや、真摯な気持ちはわからなくもない。
困ったときの神頼み。これは現代社会でも充分すぎるほど通じるし。
検討を重ねた結果、俺は自分の部屋に「魔法円」を掲げることにした。
「魔法円」とは力を借りようとする悪魔世界と人間の世界との間に結界を張る意味合いで描かれる。円は邪悪なものを寄せ付けない光の象徴である、太陽を表すともいわれる。
これを部屋のカーペットにマジックで描くわけにもいかないので、タペストリーをオリジナルで作って壁に貼れば大方の雰囲気は決まるだろう。
早速、バイトの終わりに「暮らしと生活の応援広場」にある手芸コーナーで真っ赤な布を一枚買ってきた。
そこに2重の円を描く。二つの円の間には錬金術の成功を手伝わせる悪魔をビビらせるために、本来は神の御名や大天使の名を入れるらしいが、そこはホラ、俺は魔術をするわけでもないし、悪魔の力を借りるわけでもないから、ローマ字で俺の名前を刻んでやったよ。
芦田ロード=Asita Rodoってね。
あ、本名は芦田道雄だけど、名前が地味でおっさん臭いから
道=Rodoって名乗ってるんだ。
・・・・え?道=roadだって?つづりが違う?
早く言えよ!マジックで書いちゃったじゃん!ま、いいか。
最後に円の中央に二つの三角形を上下に重ねた五芒星を描いた。
これはイエス・キリストの象徴だそうな。彼がこの世に生まれたときに夜空に輝いた星がモデルとか。とりあえず、雰囲気、雰囲気。
あとはお香とかスモールライトとか(魔術に使うろうそくは倒して火事になったらヤバいから却下)そろえればいい。これらも雑貨屋さんで買ってクリア。
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