最後のお別れを

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「あれから⋯30年か⋯」 一人には広すぎるソファーに腰を下ろしながら呟いた。 「お前がいない家はやっぱり寂しいな⋯」 そう言いながら火のついていない暖炉の上にあるもう色あせてしまった写真に目を向ける。そこには夫つまり私、和人と妻、和代がにこやかに微笑んで写っていた。 35年前この一軒家を買った時に記念に撮った写真だ。家を買う前二人ともまだ二十代でこの一軒家を買うために一生懸命働いていて、買うのに何年かかったかな⋯でも二人の目標の家を買うために働くのは苦じゃなかった。 念願の一軒家を買って二人で手を取り合って喜んでいる時、和代が言った。 「ねえ、せっかくだから写真撮らない?」 「いいね!撮ろう!」 カメラのタイマーを設定して小走りで和代の元に戻る。和代の隣に並んだと同時にシャッター音が鳴った。 その時の私は趣味でカメラマンをしていた。と言っても撮るものは身近な風景とか、道端に生えてるたんぽぽなどの植物とかが多かったが。 でも一番撮っていたのは妻の和代だった。本を読みながら微笑んでる和代に、こっちに向かって手を振っている和代。どの和代も綺麗だったが、一番のお気に入りは初めて和代の写真を撮った時のやつだ。和代がこっちを見ながら少し恥ずかしそうに笑顔を向けているなんとも可愛らしい写真だ。それは今も変わらなく私のアルバムの中に大切にしまっている。 ふと時計の方を向くと30分近く経っていた。思い出にふけいりすぎたようだ。歳とともに重くなった腰を上げて自室に行こうとした時、目の端に何かが光った。そちらに目を向けるとカメラが置いてあった。どうやらカメラのレンズが光の反射で光っただけらしい。 「⋯⋯」 あの時から私は写真を撮らなくなった。それは30年前妻の和代が交通事故で亡くなってしまった時からずっと。 あの頃の私は和代の死を受け入れることができなかった。友人は時間が解決してくれると言ったが、30年経ったいまでも和代に対する思いは消えなかった。むしろどんどん大きくなった気がする。それほど私は妻、和代の事を愛していたという事なのだろう。 「⋯⋯」 カメラを見続けていた時、なんとなく写真を撮ってみようと思い暖炉の上にあるカメラに手を伸ばした。手に取ってカメラが壊れていないか確認する。隅々まで見たが特に壊れておらず、あの時のままの姿を維持していた。 始めにソファーを撮ってみようと思った。特に理由はなかった。数歩後ずさってカメラを構えて撮った。パシャっというシャッター音が静かな部屋に響く。 「⋯少し虚しいな」 そう自嘲するように呟いた。さっき撮った写真を確認して見ることにした。 写真を確認すると信じられないものが写っていた。 「和代?」 そこにはソファーに座ってこちらを見て微笑んでいる和代が写っていた。その姿は30年前と変わっていなかった。 ソファーに目を移すがそこにはやっぱり和代の姿はなかった。だが写真に目をやるとそこに和代はいる。一体どういうことなのだろうか? 困惑の中、辺りをキョロキョロ見回した時たまたまカレンダーが目に入った。 「そうだ⋯今日お盆最終日だ。という事は⋯」 帰ってきたんだ。 和代は私のすぐ近くにいるんだ。 その事実をしっかりと噛み締めると涙が出てきた。 涙を拭いある事を決意した。今日いっぱい写真を撮ろう。今日の思い出を残そう。そう思い和代の使ってた部屋に行き、写真を撮った。そこには机に向かって何かをしている和代の姿が写っていた。 次にキッチンに向かいシャッターを切った。するとキッチンに手をおきどこか懐かしむような様子の和代が写った。 その調子で次々と家の中や庭で新しい思い出を作っていった。 写真を撮り続けて気づいたことがある。和代がだんだんと歳をとっていくのだ。まるで30年の時を一年一年を越したかのように。 29枚目の写真を撮った時、あるアイデアが浮かんだ。早足で玄関の扉をくぐり、家の前に出た。持ってきた台を家が入るように設置してカメラのタイマーを設定する。今度は余裕を持て設定したので歩きで家の前に戻る。私が笑った瞬間シャッター音が鳴った。 家に帰り撮った写真を確認する。そこには歳をとったけど35年前と変わらない笑顔の和代がいた。もう写真を撮る気にはならなかった。きっと写真を撮っても和代はもう写らない気がした。 今日撮った写真を見返していると二枚目の写真に手が止まった。この時の和代は机の上でいったい何をしていたのだろう?そう疑問に思い和代の部屋に行って見ることにした。 部屋に入り机の上を見ると一枚の手紙が置いてあった。その手紙の字は確かに和代のものだった。私は手紙を読んでみることにした。 和人へ 私が亡くなってからもう30年ですね。 私はこの30年間ずっとあなたの隣にいました。 葬式の時、涙を堪えている貴方を見て抱きしめてあげたくなりましたが、それは叶いませんでした。 すごく悲しかったのを覚えています。 私はもうこの人を支えることができないんだと自覚するには十分過ぎました。 その頃の貴方は自暴自棄にならないように一生懸命仕事に専念していましたね。 家事も頑張ってこなしていて。 目玉焼きを作るのを失敗したときは心配しましたが、今はいろんな料理を作れるようになっちゃって。 時々和人の手料理を食べてみたくなります。 亡くなってしまった私ですが、この30年すごく幸せでした。 私はもう貴方の隣にいる事はできません。 でも忘れないで。 私はずっと貴方のことを愛しています。 和代 「和代⋯私も愛しているよ」 そう涙をこぼしながら私は呟いた。 【終わり】
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